ごずてんのうぐう
牛頭天王宮 のお参りの記録一覧
二月十二日 新発田市本田に鎮座します 牛頭天王宮様 参拝させていただきました
祭神 牛頭天王
縁起を読みました
1470年代頃建立 当時新潟市北区の福島潟は越の湖と呼ばれ、大雨による水害やツツガムシなどの害虫、毒蛇が多かったので、牛頭天王さまを祀られたそうです その後、土地開発が進み集落も増え分霊をした社が周辺に増えていったとあります
牛頭天王宮の開祖は源頼朝の側近 佐々木盛綱の末裔 佐々木義綱 であり、現在は義綱より数えて26代目の方が宮司様です
牛頭天王宮は元々天王地区にありましたが、明治の神仏分離で須佐男尊を祀る須佐之男神社になりました その後信者さん達の要望などにより、現在の地にあります 牛頭天王宮から天王地区の須佐之男神社まで歩いて10分くらいです
牛頭天王宮
潟端の天王さま(かたばたのてんおうさま)とも呼ばれてます
平成7年の地震により社殿が倒壊し、現在の社殿は平成8年に再建されたそうです
御朱印 社殿の隣りの宮司様の自宅玄関にありました
河童さん達がいらっしゃいました
牛頭天王さまの眷属さん達です
新潟遠征2日目④新発田の街を離れ瓢湖に向かう途中、どこか神社が無いか探していたら、国道から一本裏に入った地に神社とは思えない佇まい。福嶋潟も総鎮守、神仏習合の時代、本地仏とするスサノオと同一視される。神社名を牛頭天王を冠した神社は珍しい。ほとんどが八坂神社や素戔嗚神社と改名しています。元宮は500mほど離れた地に須佐之男神社がありますが今回は参拝しませんでした。又両神社の間に県の指定文化財である市嶋邸(江戸時代の豪農、福島潟の干拓に尽力、両神社にも深い関係を持つ)があります。歴史的にみて興味深い地でしたが時間が無くて行けませんでした。次回はこの辺りをゆっくりと観て廻りたいと思います。
鳥居
牛頭??
牛頭天王
手水盤
拝殿
灯籠
扁額「天王」
本殿
境内社 詳細は不明
社務所の中にセルフ式の御朱印が用意されています
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