にうじんじゃ
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丹生神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年10月03日(木)
参拝:2024年9月吉日
大和国宇陀郡の式内社です。"丹生"は水銀の産出地につけられるとされていますが、大和国においては丹生川上神社、丹生川神社とともに記載のある"丹生"の社名を持つ神社で、吉野から遷座したと言われています。そのためこの3社は現在の吉野川の流域を社名としているとされ、当社も祈止雨を司る水神として祀られていたと思われます。
《鳥居と社号碑》
細い集落の道を抜けていった先にあります。上に駐車場があるので手前まで車で行けますが、今回畑作業の車で道中が塞がっていました。あいにくのタイミング。
細い集落の道を抜けていった先にあります。上に駐車場があるので手前まで車で行けますが、今回畑作業の車で道中が塞がっていました。あいにくのタイミング。
《由緒書き》
神武天皇さまの東征伝承において登場する天神地祇を祀った朝原の地が当社であるとされています。
神武天皇さまの東征伝承において登場する天神地祇を祀った朝原の地が当社であるとされています。
《表参道》
しっかり山の中です。
しっかり山の中です。
《石の塚?》
《手水舎》
水が流れています。水を止めてはならない…!?
水が流れています。水を止めてはならない…!?
《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
先程の神武天皇さまの伝承で"丹生の川上"に天神地祇を祀ったとあり、当社は吉野から遷座したという説があります。ではここにはどなたが祀られていたのか、という問題に対し、"丹生の川上"という名前からかつて所在不明になった丹生川上神社がこの場所にあったという説もあるようです。ただし郡域が違うので有力ではないため明治では考証には出てきません。
👁チェックポイント‼️
先程の神武天皇さまの伝承で"丹生の川上"に天神地祇を祀ったとあり、当社は吉野から遷座したという説があります。ではここにはどなたが祀られていたのか、という問題に対し、"丹生の川上"という名前からかつて所在不明になった丹生川上神社がこの場所にあったという説もあるようです。ただし郡域が違うので有力ではないため明治では考証には出てきません。
《御朱印》
セルフで押すことができます。このハンコの内容で"第七番"と札所の番号が割り振られているのですが、どこの札所なのでしょうか…?
セルフで押すことができます。このハンコの内容で"第七番"と札所の番号が割り振られているのですが、どこの札所なのでしょうか…?
《本殿》
山中にあってもこのきれいな朱色の社殿がよく映えます。
山中にあってもこのきれいな朱色の社殿がよく映えます。
《拝殿の芳名者一覧》
《納札所?》
どんと焼きなんかで使われてそうです。
どんと焼きなんかで使われてそうです。
《愛宕神社》
水神さんに防火の愛宕さん。完璧な布陣です。
水神さんに防火の愛宕さん。完璧な布陣です。
すてき
投稿者のプロフィール
神祇伯1510投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(1/19更新)
御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。
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