こうふくじ ちゅうこんどう
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楽しみ方興福寺 中金堂のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月17日(土) 07時35分42秒
参拝:2026年1月吉日
いま、ふたたびの奈良へ🦌 ⑥
奈良旅もついに最後の目的地の興福寺へ。あまり人が多くない橿原からレンタカーで北上しましたが、さすがに奈良公園近くは大勢の観光客で賑わっています。そして、至る所に鹿、鹿、鹿…🦌✨まさに奈良〜という光景に、やはりテンションが上がります。
興福寺は、国宝館の迦楼羅像に会いたくて訪れましたが、とても広い敷地で、建造物ごとにホトカミ登録もあるので、別々に投稿しようと思います。
興福寺は、1300年以上の歴史をもつお寺。その始まりは669年、藤原鎌足の病気回復を願い、夫人の鏡女王が建てた「山階寺」でした。壬申の乱の後、都が飛鳥に戻ると寺も移され、「厩坂寺(うまやさかでら)」と呼ばれるようになりました。さらに710年の平城遷都の際、藤原不比等によって現在の地へ移され、ここで「興福寺」という名前に。
その後、興福寺は天皇や皇后、そして藤原氏の支援を受けながら堂や塔が整えられていきました。だからこんなに規模が大きいのか…。
特に藤原北家との深い結びつきによって手厚く守られます。
まずは、一番目立つ中金堂で記念撮影。
興福寺伽藍の中心になる最も重要な建物です。寺伝では創建者を藤原不比等としています。
今までに6回焼失、再建を繰り返し、現在の建物は平成30年(2018年)に再建落慶を迎え復元されました。
奈良旅もついに最後の目的地の興福寺へ。あまり人が多くない橿原からレンタカーで北上しましたが、さすがに奈良公園近くは大勢の観光客で賑わっています。そして、至る所に鹿、鹿、鹿…🦌✨まさに奈良〜という光景に、やはりテンションが上がります。
興福寺は、国宝館の迦楼羅像に会いたくて訪れましたが、とても広い敷地で、建造物ごとにホトカミ登録もあるので、別々に投稿しようと思います。
興福寺は、1300年以上の歴史をもつお寺。その始まりは669年、藤原鎌足の病気回復を願い、夫人の鏡女王が建てた「山階寺」でした。壬申の乱の後、都が飛鳥に戻ると寺も移され、「厩坂寺(うまやさかでら)」と呼ばれるようになりました。さらに710年の平城遷都の際、藤原不比等によって現在の地へ移され、ここで「興福寺」という名前に。
その後、興福寺は天皇や皇后、そして藤原氏の支援を受けながら堂や塔が整えられていきました。だからこんなに規模が大きいのか…。
特に藤原北家との深い結びつきによって手厚く守られます。
まずは、一番目立つ中金堂で記念撮影。
興福寺伽藍の中心になる最も重要な建物です。寺伝では創建者を藤原不比等としています。
今までに6回焼失、再建を繰り返し、現在の建物は平成30年(2018年)に再建落慶を迎え復元されました。
すてき
投稿者のプロフィール

Leaf145投稿
日本の歴史と文化と自然が融合している神社仏閣。以前は漫然と訪れるだけでしてが、2年前から御朱印を集めるようになり、もう少し体系的に理解を深められるように心がけています。もっと読む
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