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ゆうがじんしゃ

瑜伽神社のお参りの記録(1回目)
奈良県近鉄奈良駅

投稿日:2026年05月15日(金) 14時45分12秒
参拝:2026年4月吉日
この日に組んだプランもあと通りを一筋残すだけ
となりました。
少し北に向かってから再び東を目指しました。
少し歩くと瑜伽神社様が鎮座されていました。

御祭神は
宇迦之御魂大神(ウカノミタマノオオカミ)
をお祀りされています。

瑜伽神社様は710年まで平城京への遷都に伴って
飛鳥坐神社様の神奈備より勧請されました。
鎮座地として現在地が選ばれたのは瑜伽神社様の
鎮座地である瑜伽山が飛鳥坐神社様の鎮座地である
鳥形山と形状が似ていたからと考えられています。
(平地にコンモリとした小山)平城京への遷都で
飛鳥から移動して来た人達が心の拠り所として 
故郷の風景を再現しようとしたと解釈すれば
平城(なら)の飛鳥と呼ばれる この地に郷愁のような
感情を抱いてしまいました。

その後 元興寺様の子院の「禅定院」が建立されると瑜伽神社様は鬼門除けとして組み込まれます。
そして1181年の平重衡による南都焼討ちにより
興福寺様の「大乗院」が焼失します。
「大乗院」の門跡だった信円(藤原忠実の息子)は
奇跡的に焼け残った「禅定院」を譲り受け「大乗院」の再建の中心拠点としました。当時の南都は藤原氏の
氏寺である興福寺様の一強状態でした。
南都七大寺として隆盛を誇った元興寺様でしたが
平安京へ遷都した後は荒廃の一途を辿っていて
この時の「禅定院」も実質的に興福寺様の支配下になっていたそうです。
こうして瑜伽神社様は「大乗院」の鎮守になられた
そうです。この時に御祭神も飛鳥坐神社より
勧請されお祀りされてきた
賀夜奈流美命(カヤナルミノミコト)から
宇迦之御魂大神へと差し変わったとされています。

石段を登る途中にに飛鳥神並社様という小さな
境内社があり 当時の飛鳥の人々の思いが今に
伝わっていて再び胸が熱くなりました。
瑜伽神社(奈良県)
瑜伽神社(奈良県)
瑜伽神社(奈良県)
瑜伽神社(奈良県)
瑜伽神社(奈良県)
瑜伽神社(奈良県)
瑜伽神社(奈良県)
瑜伽神社(奈良県)
瑜伽神社(奈良県)
瑜伽神社(奈良県)
瑜伽神社(奈良県)
飛鳥神並社様です

すてき

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