あすかじんじゃ
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楽しみ方飛鳥神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月25日(木) 22時31分52秒
参拝:2026年5月吉日
飛鳥神社(京終天神社)は奈良市にある神社です。
ならまちの方に少し上がった場所にあります。
JR京終駅近くには 飛鳥神社への案内板もありました。
こちらも町中の神社ではありますが 立派な社殿をおもちです。
神社は一般的に玉垣で囲まれていますが こちらは玉垣の部分と土塀の部分がありました。
少し変わっているなぁと思いました。
もしかして神仏習合の時代には寺院もあったのかな?
手水舎に掛けられている由来には 御祭神は5柱でした。
明日香三比女命・天之事代主命・賀夜奈留美命・宇須太岐比女命・贈太政大臣道眞公となっていました。
拝殿には「土足禁止」と書かれていたので 靴を脱げば上がっていいってこと?と勝手な解釈で上がらせていただきました。
本殿前でご挨拶させていただきました。
境内には境内社が5つあり 宗像神社(祭神:市杵島姫命) 大国主神社(祭神:大国主命・蛭子命) 金刀比羅神社(祭神:大物主命) 月原明神社・七弁天社 あと一つは不明(祭神:天穂日命)でした。
この広さの境内に 境内社が5つあるのは珍しいと思いました。
境内を巡り終わって 最後に社務所で御朱印をと思ったのですが 無人でした。
拝殿に書置きのものがあり ありがたく拝受しました。
境内の梅の木に神社からのお願いがありました。
「当神社の梅の木は樹齢150年の古木です。枝も折れやすくなっていますので おみくじを枝に引き結ぶのはご遠慮いただけないでしょうか。」
ごもっとも。
町中を歩いていますと ●●家住宅というのがいくつか見られました。
有形文化財に指定されているそうで 京都だったら町屋って呼びそうな建物です。
奈良でも町屋でいいのかな?
ネット情報です。
奈良市史によると祭神は以下の五柱であるが異説もある。
事代主神・加夜奈留美命・宇須多岐比女命・不足留比女命・菅原道真
当神社の由緒沿革を示す書類には
「養老二年 大和國高市郡飛鳥村の飛鳥神社の御祭神を 平城の新都左京四條七坊飛鳥の丘に 南都元興寺の鎮守社として奉遷 鎮祭したことをもって本飛鳥神社の創建となっている。
中世 元興寺の寺運衰退に伴い本神社の機模も沈滞して現況の如くに京終の一隅に移遷されることになった。
文政九年に贈太政大臣道眞公を増祀されて以来何日とはなく紅梅殿の社と呼ばれる習となり 元興寺別当大乗院の院主が代々奉斎していたもので 明治年代に到り 紅梅殿神社として奈良市京終地区一帯の氏神となり 今日に及んだのであるが 旧宗教法人令による紅梅殿神社を解散して 元の由緒ある社名を復元して 飛鳥神社となって今回宗教法人法による宗教法人を設立することになった。」
とあるそうです。
しかし 登記以前の近世以前資料との矛盾が多く 先の由緒沿革を示す資料は存在しないようです。(ウィキに載っています)
いやいや そこまで調べた方がいらっしゃるだけでもすごい。
ならまちの方に少し上がった場所にあります。
JR京終駅近くには 飛鳥神社への案内板もありました。
こちらも町中の神社ではありますが 立派な社殿をおもちです。
神社は一般的に玉垣で囲まれていますが こちらは玉垣の部分と土塀の部分がありました。
少し変わっているなぁと思いました。
もしかして神仏習合の時代には寺院もあったのかな?
手水舎に掛けられている由来には 御祭神は5柱でした。
明日香三比女命・天之事代主命・賀夜奈留美命・宇須太岐比女命・贈太政大臣道眞公となっていました。
拝殿には「土足禁止」と書かれていたので 靴を脱げば上がっていいってこと?と勝手な解釈で上がらせていただきました。
本殿前でご挨拶させていただきました。
境内には境内社が5つあり 宗像神社(祭神:市杵島姫命) 大国主神社(祭神:大国主命・蛭子命) 金刀比羅神社(祭神:大物主命) 月原明神社・七弁天社 あと一つは不明(祭神:天穂日命)でした。
この広さの境内に 境内社が5つあるのは珍しいと思いました。
境内を巡り終わって 最後に社務所で御朱印をと思ったのですが 無人でした。
拝殿に書置きのものがあり ありがたく拝受しました。
境内の梅の木に神社からのお願いがありました。
「当神社の梅の木は樹齢150年の古木です。枝も折れやすくなっていますので おみくじを枝に引き結ぶのはご遠慮いただけないでしょうか。」
ごもっとも。
町中を歩いていますと ●●家住宅というのがいくつか見られました。
有形文化財に指定されているそうで 京都だったら町屋って呼びそうな建物です。
奈良でも町屋でいいのかな?
ネット情報です。
奈良市史によると祭神は以下の五柱であるが異説もある。
事代主神・加夜奈留美命・宇須多岐比女命・不足留比女命・菅原道真
当神社の由緒沿革を示す書類には
「養老二年 大和國高市郡飛鳥村の飛鳥神社の御祭神を 平城の新都左京四條七坊飛鳥の丘に 南都元興寺の鎮守社として奉遷 鎮祭したことをもって本飛鳥神社の創建となっている。
中世 元興寺の寺運衰退に伴い本神社の機模も沈滞して現況の如くに京終の一隅に移遷されることになった。
文政九年に贈太政大臣道眞公を増祀されて以来何日とはなく紅梅殿の社と呼ばれる習となり 元興寺別当大乗院の院主が代々奉斎していたもので 明治年代に到り 紅梅殿神社として奈良市京終地区一帯の氏神となり 今日に及んだのであるが 旧宗教法人令による紅梅殿神社を解散して 元の由緒ある社名を復元して 飛鳥神社となって今回宗教法人法による宗教法人を設立することになった。」
とあるそうです。
しかし 登記以前の近世以前資料との矛盾が多く 先の由緒沿革を示す資料は存在しないようです。(ウィキに載っています)
いやいや そこまで調べた方がいらっしゃるだけでもすごい。

鳥居の奥に門もあります

由緒書

鳥居の扁額

手水舎

御祭神と御鎮座由来

拝殿 書置きの御朱印がありました お代は賽銭箱へ

狛犬さんは 比較的新しいかな

こちらは黒っぽい色がついていて 雨のせいかな

拝殿におみくじの販売機も置かれていました 上がれますが土足禁止

本殿 梅の木がありました

境内社 月原明神社・七弁天社

祭神は 月原大明神と七弁天

境内社 金刀比羅神社

祭神は大物主命のはずが

木花開屋比売命と書かれていました

境内社 不明

祭神は雨穂日命と書かれていました

境内社 宗像神社

宗像神社

祭神は市杵嶌比女命

境内社 大国主神社

祭神は大国主命

事代主命も書かれていました

天満宮の牛さん

天満宮だから梅だったんだ

天満宮だから梅の木

150年の古木だそうです おみくじを枝に結ぶのはやめてくださいね

京都だったらたぶん町屋って言いますよね

登録有形文化財の ●●家住宅がいくつかありました
すてき
投稿者のプロフィール
くるくるきよせん3601投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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