なんとしょうとういん
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方南都小塔院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月28日(日) 22時33分05秒
参拝:2026年5月吉日
南都小塔院は奈良市の元興寺小塔院跡にあります。
旧元興寺の広い境内の南にあった小塔院の跡地にあります。
入口はこんもりお山の東西にあります。
こんもりお山は民家に囲まれていて 町の中に神社があるような雰囲気でした。
西側から入ってみました。
お寺の方はこちらから車で入られるのでしょう 舗装された道が奥まで続いています。
入口付近には 土塀跡が残っていて 旧跡の感じがします。
参道を進むと石柱などが転がっている場所に出ました。
こちらに鹿さんが3頭いました。
奈良公園からここまで来ちゃったのでしょうか。
1km以上あるけど 帰れるのかなぁ。
人慣れしていて 妻が写真を撮るのを まるでポーズしているかのように止まってまっていてくれました。
餌もないのに 偉いねぇ。
小塔院はいわゆる現代の建物でしたが 本堂の虚空蔵堂は 小さいながらに木造の お寺らしい建物でした。
ありがたく本堂前で合掌ができました。
本堂横に車が停めてあったので 無住ではないと分かりました。
帰りは東側の道を進みました。
民家の間を通る細い道でしたが 山門がありました。
ネット情報です。
宗派は真言律宗
ご本尊は虚空蔵菩薩
別称は元興寺小塔院跡
文化財は元興寺小塔院跡(国の史跡)
元は元興寺の伽藍の一部であった。
現在 奈良町と呼ばれている辺りに 養老2年(718年) 飛鳥の法興寺が平城京に元興寺として移されてきたことに始まる。
小塔院は西小塔院もしくは吉祥堂とも呼ばれて金堂の南西にあり小塔堂が建立されていた。
小塔院は称徳天皇が百万塔を納めるために建立したものという。
また 元興寺極楽坊にある国宝・五重小塔が安置されていたともいう。
金堂の南東には小塔院に向かいあうようにして大塔院もしくは東大塔院があり 五重塔が建立されていた。
当時の元興寺の伽藍の跡地として現在残っているのは 元興寺極楽坊 元興寺塔跡および小塔院跡の三カ所のみである。
法相宗の有名な学僧である護命は小塔院僧正と呼ばれ 承和元年(834年)にこの小塔院で亡くなっている。
現存の護命の供養のために作られた宝篋印塔は 鎌倉時代後期のものとされる。
宝徳3年(1451年)10月 土一揆による放火によって小塔院は全焼した。
火災は以後も広まり続けて極楽坊と五重塔を残し 元興寺の伽藍は全て焼かれてしまった。
宝永4年(1707年)に虚空蔵堂(本堂)が建立されている。
1965年(昭和40年)6月2日に元興寺小塔院跡として国指定の史跡となっている。
旧元興寺の広い境内の南にあった小塔院の跡地にあります。
入口はこんもりお山の東西にあります。
こんもりお山は民家に囲まれていて 町の中に神社があるような雰囲気でした。
西側から入ってみました。
お寺の方はこちらから車で入られるのでしょう 舗装された道が奥まで続いています。
入口付近には 土塀跡が残っていて 旧跡の感じがします。
参道を進むと石柱などが転がっている場所に出ました。
こちらに鹿さんが3頭いました。
奈良公園からここまで来ちゃったのでしょうか。
1km以上あるけど 帰れるのかなぁ。
人慣れしていて 妻が写真を撮るのを まるでポーズしているかのように止まってまっていてくれました。
餌もないのに 偉いねぇ。
小塔院はいわゆる現代の建物でしたが 本堂の虚空蔵堂は 小さいながらに木造の お寺らしい建物でした。
ありがたく本堂前で合掌ができました。
本堂横に車が停めてあったので 無住ではないと分かりました。
帰りは東側の道を進みました。
民家の間を通る細い道でしたが 山門がありました。
ネット情報です。
宗派は真言律宗
ご本尊は虚空蔵菩薩
別称は元興寺小塔院跡
文化財は元興寺小塔院跡(国の史跡)
元は元興寺の伽藍の一部であった。
現在 奈良町と呼ばれている辺りに 養老2年(718年) 飛鳥の法興寺が平城京に元興寺として移されてきたことに始まる。
小塔院は西小塔院もしくは吉祥堂とも呼ばれて金堂の南西にあり小塔堂が建立されていた。
小塔院は称徳天皇が百万塔を納めるために建立したものという。
また 元興寺極楽坊にある国宝・五重小塔が安置されていたともいう。
金堂の南東には小塔院に向かいあうようにして大塔院もしくは東大塔院があり 五重塔が建立されていた。
当時の元興寺の伽藍の跡地として現在残っているのは 元興寺極楽坊 元興寺塔跡および小塔院跡の三カ所のみである。
法相宗の有名な学僧である護命は小塔院僧正と呼ばれ 承和元年(834年)にこの小塔院で亡くなっている。
現存の護命の供養のために作られた宝篋印塔は 鎌倉時代後期のものとされる。
宝徳3年(1451年)10月 土一揆による放火によって小塔院は全焼した。
火災は以後も広まり続けて極楽坊と五重塔を残し 元興寺の伽藍は全て焼かれてしまった。
宝永4年(1707年)に虚空蔵堂(本堂)が建立されている。
1965年(昭和40年)6月2日に元興寺小塔院跡として国指定の史跡となっている。

南側の入口 小塔院にはこんもり木が茂っています

周りは民家が建ち並びます

寺号標

史跡の説明

土塀の跡

参道には木が茂っています

こんな所に鹿がいました 写っていないのも合わせると3頭

供養塔

小塔院本堂 虚空蔵堂

東に抜ける道

史跡 元興寺小塔院跡 とありました

東側には山門がありました 寺号標もありました
すてき
みんなのコメント(2件)
くるくるきよせんさんこんばんは🤗
3600投稿おめでとうございます🎉㊗️🎊
きよせんさんを見習って、気がついたフォロー中の方の区切り投稿にコメントするようにしたので、けっこうコメントでご一緒させて頂いていますは。
今後とも宜しくお願いします🙇♂️
2026年06月29日(月) 03時10分05秒
てけてけさん こんばんは。
いつもお祝いいただきありがとうございます。
投稿数が増えてくると 100刻みで祝ってくださることもなく てけてけさんには感謝しかありません。
キリ番のお祝いコメント けっこうご一緒してますね。
気の利いたコメントってなかなかできないですけど お祝いだったらできますからね。(笑)
てけてけさんの投稿 もうすぐキリ番ですよね。
まってまーす。
2026年06月30日(火) 23時04分52秒
投稿者のプロフィール
くるくるきよせん3607投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。





