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おびとけでら|華厳宗子安山

帯解寺のお参りの記録一覧
奈良県 帯解駅

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湯守りと妖怪
湯守りと妖怪
2021年06月04日(金)41投稿

帯解とは妊婦が胎児を守るために腹に巻く岩田帯(岩のように強い子を産むという
意味のさらし布)が解け、無事に子を授かった事を意味するそうです。
「戌」の日には、特に参詣者が多く、お母さんと娘さんの二人連れ姿が常々見受けられ、全国から安産祈願が絶えない寺であり、日本最古の安産祈願のお寺です。
戌(犬)は多産だから、お産が軽いとして出産に関する行事は戌の日が吉日とされています。
全国で帯解寺は、ここ一寺のみだそうです。

寺の前身は空海の師である勤操大徳が、宝亀年間(770~780)に創建した岩淵寺の
子院のひとつ霊松庵にそのルーツがあるとされています。

子宝に恵まれなかった文徳天皇の后、染殿皇后が春日明神のお告げに従い、
勅使をたて霊松庵の地蔵菩薩に詣でたところまもなく清和天皇を出産した。
喜んだ文徳天皇は858年(天安2)に伽藍を建立、寺名を帯解寺とするよう命じたと。山号は子安山、宗派は華厳宗。

江戸時代には二代将軍秀忠の正室お江与の方が祈願して家光を産み、
家光もこの寺の報恩により四代将軍家綱を授かったとされています。

現在の皇室とも関わりが深く、美智子皇太后・皇后雅子さま・皇太子妃紀子様の
ご懐妊に際し岩田帯・お守りを献納しているそうです。

帯解寺の山門・神門

山門(表門)
二代将軍秀忠の正室お江与の方が、のちの三代将軍家光を授かったお礼に山門を寄進。
安政の大地震で倒壊し、現在の簡素な四脚門に再建された。

帯解寺の手水舎

徳川家綱寄進の手水鉢
寛文二年二月(1662)銘あり。

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