うんぜんおんせんじんじゃ
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楽しみ方雲仙温泉神社のお参りの記録一覧
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雲仙岳を御神体とする神社で、その山麓周辺に鎮座する「温泉神社」の総本社です。かつて仏教界の問題児として名高い行基さんが道向かいにある満明寺を開山した際、その鎮守社として九州の守り神とされる一身四面の「四面菩薩」を祀る「四面宮」として創建され、現在もこの地方で篤く崇敬されています。

《一の鳥居と社号碑》
日本史の授業で必ず出てくる元寇にて、元軍側に一身三面の勇士がおり日本軍側を苦しめていました。そんな中日本軍側に「一身四面」の有志が現れ、元軍を撃退していきました。その正体を尋ねたところ"雲仙の神である"と名乗ったことから当時の幕府は当社に恩賞として神田を寄進しました。このことから勝利の神として崇敬され、後世の大名たちも四面宮の祭事の際に特使を派遣していました。

《手水舎》
壺型で水が流れています。洗ひつるここも…(略)

【肥前國 古社巡り】
温泉神社(うんぜん~)は、長崎県雲仙市小浜町雲仙の湯町にある神社。式外社(国史見在社)で、旧社格は県社。祭神は白日別(しらひわけ)命、速日別(はやひわけ)命、豊日別(とよひわけ)命、建日向日豊久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)命、建日別(たてひわけ)命の5柱。白日別命、豊日別命、建日向日豊久士比泥別命、建日別命の4柱は筑紫島4箇国(『古事記』における九州島の筑紫、豊、肥、熊曽國)の別名とされ、当社は「四面宮」とも称された。
飛鳥時代の701年(または697年)に当地を訪れた僧・行基が大乗院満明寺を開山し、同時に当社を創祀した伝わる。雲仙岳を神体山として祀り、当社は雲仙岳ふもとの諸村に勧請され、現在でも島原半島内に十数社の温泉神社が存在する。『日本三代実録』には平安時代の860年条に「温泉神」の神階昇叙の記載があり、これに比定されている。中世には「四面宮」と称された。江戸時代には島原藩の祈願所とされ、高力家や松平家等の歴代藩主の崇敬を受けた。明治に入り「温泉神社」と復称し、近代社格制度のもと県社に列格した。
当社は、島原鉄道・阿母崎駅の南東13km、道のり18kmの、雲仙岳の中腹にある雲仙温泉街の中心地にある。西側を国道57号線に面する境内は東西に細長く、さほど広くはない。社殿や社務所などは山の斜面のやや高い場所にある。国道の向かい側の小高い場所には「雲仙山満明寺」があり、南側には噴気活動が激しい「雲仙地獄」がある。
今回は、式外社(国史見在社)、長崎県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、多くの温泉客が参拝に訪れていた。
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雲仙温泉の「温泉(うんぜん)神社」
雲仙岳の中腹にある雲仙温泉街を突っ切るR57沿い。
駐車場なしだが、周囲は一日料金での観光駐車場が多い。
石鳥居をくぐり、階段参道階段と進み、正面奥に拝殿。
階段を上ると左右に茶房。左手側に社務所。
拝殿左手側奥に「天地之道理傳始社」という奥の院がある。奥の院の祈願作法の看板案内あり。
神社の右側の道から雲仙の地獄巡りへと行ける。
社務所では当社以外に、普賢神社と妙見神社の御朱印がいただける。
島原旅行で雲仙には行くつもりなかったけど、せっかく山の日だったので雲仙岳へ走りに行ってついでに雲仙温泉、で神社参拝。雲仙岳は走りやすい。
観光地でもあるので神社にも結構な参拝者。でも吐くほど暑かった、気温的な意味と地獄温泉の湯けむりで。

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