しなのこくぶんじ|天台宗
信濃國分寺
長野県 信濃国分寺駅
奈良時代、聖武天皇が日本各地に建立を命じた国分寺の後継寺院である。
本堂は1860年の建築。ぱっと見、善光寺本堂のように見える。
薬師如来を祀る薬師堂である。
三重塔は室町時代の建築で、現存する国分寺の塔の中では最も古いものであり重文指定されている。
仁王門の仁王像がジャイアント馬場に似ている。反対側が猪木だったらネタレベルだがさすがに違うようだ。
本堂
本堂
本堂
本堂
本堂
三重塔
三重塔
三重塔
地蔵堂
観音堂
大黒堂
仁王門
少しづつ暖かくなり...と思ったら、やっぱまだまだ寒いこの時期。
巣篭もりのままではイカン!と。
上田市の日中は、時折冷たい風が吹くもののお日様の光が広がる快晴。
【上田市 八日堂 信濃国分寺】
中部四十九薬師霊場第一番。
天台宗寺院・御本尊は薬師如来。
創建年は奈良時代。現在では山号、院号はありませんが、江戸時代には 浄瑠璃山真言院国分寺 と称したそうです。
毎年1月7.8日は八日堂縁日があり多くの人がおとずれますよ。
信濃國分寺
本堂 薬師堂。
江戸末期、万延元年(1860)施工。
発顔から33年の歳月を要し、東北信全域から浄財を募り建てられた壮大な伽藍。
御住職が境内のお掃除をされていました。
本堂内に入り参拝が出来ます。
中には薬師如来尊の大きな提灯が見えますね。
本堂には、鳳凰の彫刻と鬼瓦
蒼龍の彫刻
獅子と漠(象)の彫刻。
漠なのか象なのかいつも悩んでしまう。
個人的には漠に近い気がしますが、知ってますか?
大きくて立派な鬼瓦です。
本堂側面から。
鐘樓
上田藩主松平伊賀守の保護で享和元年(1801)棟上。
瓦葺の屋根の反りがとてもかっこよく感じます!
三重塔。室町中期の建立で、
和唐折衷様式との事です。
三重塔小心柱
昭和7年から8年にかけて解体修理が行われた時に心柱も取り替えました。解体時に短く切断されてますが、建立当時のままだとすると600年前の古材との事です。
現代にも通じる当時の日本の建築技術の高さと、時代を超えて残る建築材一つにも、大工さんの人柄や風景にまで思いを馳せてしまい郷愁を感じます。
東京スカイツリーと同じ建築構造と書かれてます。
観音堂です。
江戸初期の百体観音像が安置されています。
真田•徳川会見の地
第二次上田合戦の際に、真田昌幸公が徳川方に付いた真田信之等と会見を行った場所とされてます。
この関ヶ原の戦いにおける、真田一族の運命は本当に辛い。
世に言う【犬伏の別れ】は、次男の自分に当て嵌めて考えても、ずっとモヤモヤ(~_~;)←こういう感じ。
地蔵堂
地蔵尊と閻魔十王が安置されています。
地蔵堂の彫刻です。
こういうご時世なので、
書き置きにて。と張り紙がありましたが、帳面があればお書きしますよと言って頂きました。
因みに、前日は晴れ☀️のち、午後から雨、のち暴風雨、のち雪→からのブリザード。
イヤ、こえぇ((((;゚Д゚)))))))
今日は空気が澄んでいて、上空数千mの飛行機がキレイに見えました。多分松本空港に向かってます。
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