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戸隠神社奥社の御朱印 ![]()
オリジナル御朱印帳 
100年後に神社お寺を残せる未来へ
戸隠神社奥社の御朱印・御朱印帳
真ん中に戸隠神社と書かれ、右上に信州戸隠山の印、真ん中に戸隠神社の社印と奥社の印が押されています。
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| 限定 | - | ||
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| 御朱印帳にお書き入れ | |||
| 御朱印帳 | |||
| 電話番号 | 026-254-2001 | ||
御朱印・御朱印帳の詳細情報
御朱印(1種類)
戸隠神社奥社の御朱印

300円(直書き)<div>400円(書置き)</div>
真ん中に戸隠神社と書かれ、右上に信州戸隠山の印、真ん中に戸隠神社の印、下部に奥社の印が押されています。
奥社の御祭神は天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)で、天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、無双の神力をもって天の岩戸を開いた天手力雄命を戸隠山の麓に奉斎した事が始まりとされています。
また、戸隠の地は平安時代より修験道が行われる日本有数の霊地であり、学問行者が修験を始めた嘉祥2年(849年)頃に戸隠神社奥社の起源があるとされています。
慶長17年(1612年)に幕府より千石の朱印地を拝領したのを機に、奥社参道に植樹して作られた随神門から約500メートルに渡る杉並木や周囲約51ヘクタールある森林が現在まで保存され、長野県天然記念物になっています。
奥社の御祭神は天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)で、天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、無双の神力をもって天の岩戸を開いた天手力雄命を戸隠山の麓に奉斎した事が始まりとされています。
また、戸隠の地は平安時代より修験道が行われる日本有数の霊地であり、学問行者が修験を始めた嘉祥2年(849年)頃に戸隠神社奥社の起源があるとされています。
慶長17年(1612年)に幕府より千石の朱印地を拝領したのを機に、奥社参道に植樹して作られた随神門から約500メートルに渡る杉並木や周囲約51ヘクタールある森林が現在まで保存され、長野県天然記念物になっています。
御朱印帳(1種類)
オリジナル御朱印帳

1,000円
約16×11cm
黒色の地に龍の天井絵が描かれ、表面は左上に御朱印帳の文字、裏面は右下に鎌卍(かままんじ)の社紋と戸隠神社の文字が入っています。
中社拝殿天井に描かれている龍の天井絵は、慶応元年(1865年)、葛飾北斎と並び称される狩野派絵師河鍋暁斎(当時は狂斎の号)が、戸隠神社の前身である戸隠山顕光寺の依頼を受けて、二間四方(八畳)の龍の墨絵を一気に描き奉納されたものです。
「暁斎画談」には、多くの僧侶が見守るなか、暁斎が大筆を揮い天井絵を描く図が収録されています。
その後、中社での不慮の火災により龍図も焼失の憂き目に遭いましたが、平成15年の式年大祭を記念して、古い絵葉書をもとに最新のデジタル技術により往時と変わらぬ天井絵が再現されました。
中社拝殿天井に描かれている龍の天井絵は、慶応元年(1865年)、葛飾北斎と並び称される狩野派絵師河鍋暁斎(当時は狂斎の号)が、戸隠神社の前身である戸隠山顕光寺の依頼を受けて、二間四方(八畳)の龍の墨絵を一気に描き奉納されたものです。
「暁斎画談」には、多くの僧侶が見守るなか、暁斎が大筆を揮い天井絵を描く図が収録されています。
その後、中社での不慮の火災により龍図も焼失の憂き目に遭いましたが、平成15年の式年大祭を記念して、古い絵葉書をもとに最新のデジタル技術により往時と変わらぬ天井絵が再現されました。
授与場所・時間
御朱印・御朱印帳ともに、奥社の並びにある九頭龍社の隣の社務所でお受けできます。
ただし、降雪により社務所が閉鎖されている場合は、中社の社務所でお受けできます。
御朱印の受付時間は9時~17時。
詳しくは公式サイトをご確認ください。
最新の御朱印・御朱印帳の投稿

cjr29150
2025年10月18日(土)720投稿
戸隠神社奥社の御朱印・御朱印帳コレクション全218枚
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