浄土宗
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楽しみ方善光寺大本願のお参りの記録一覧
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次は善光寺の浄土宗の中心地 大本願です。
ホントは参道の入り口近くにあるため一番最後に参拝したのですが、まぁ寺格的に僧坊・宿坊より先に投稿。
大勧進よりこちらの方が若干御朱印に力を入れてる様子で、ご覧のように御詠歌の現代訳とか蓮華札が付いてきました。
ハッキリ覚えてないんですが、季節ものの特別御朱印も1~2種類あったような。
字もこっちの方が上手いし、大本願の方で秩父御朱印帳結願すれば良かったぜ・・・orz
考えてみれば善光寺の本尊は阿弥陀如来だし、宗派的にも天台宗より浄土宗の方が相応しかったかも。
まぁ今までの経験から大本願で結願しても何かしらケチが付いたような気もしますが(^^;
「小鹿参上」という印が押されてますが、これは2021年5/26に長野市に鹿が出没。市中心部を走り回り最後にここ大本願で捕獲されたのを記念してだそうですw
鹿といえば春日大社の神使ですが、仏教的にも瑞獣とか縁起の良い動物なんすかね?('_'?)



【平成4年 善光寺前立本尊御開帳(6/29まで)】(※)
【信濃國 古刹巡り】
善光寺大本願(ぜんこうじ・だいほんがん)は、長野県長野市元善町の善光寺境内にある浄土宗の大本山の寺院。善光寺山内14坊の本坊。現在、大本願は天台宗の大勧進とともに善光寺の運営にあたり、住職は「善光寺上人」と呼ばれ、大勧進の住職の「貫主(かんす)」とともに善光寺の住職を務めている。大本願は大寺院では珍しい尼寺で、門跡寺院ではないが代々公家出身者から住職を迎えている。現時点(2022年6月)では「善光寺上人(大本願上人)」は鷹司家出身の121世鷹司誓玉、「善光寺貫主(大勧進貫主)」は不在。
戦国時代に、当地・善光寺平において武田信玄と上杉謙信が川中島の戦いを繰り広げたため、当地は非常に荒廃した。一方、善光寺如来は武田信玄により甲斐善光寺に遷され、武田氏滅亡後、織田氏、徳川氏、豊臣氏の手に渡り転々としたが、1598年に豊臣秀吉により善光寺に戻された。この時、本尊不在の寺地を守ったのが大勧進の僧であり、善光寺如来に付き添ってきたのが大本願の尼僧とされる。
大本願は、善光寺境内の南端、仁王門と善光寺交差点の間の参道の西側にある。
(※)善光寺の本尊「一光三尊阿弥陀如来」は、一つの光背の中央に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が並ぶ、善光寺独特の姿をしている。白雉5年(654年)以来の絶対秘仏であり、鎌倉時代に本尊の身代りとして「前立本尊」が造られた。普段は善光寺大勧進の御宝庫に安置されているが、七年に一度の御開帳の時だけ大勧進の御宝庫から本堂に遷され拝観できる。
前立本尊中央の阿弥陀如来の右手に結ばれた金糸は五色の糸に変わり、白い「善の綱」として本堂前の回向柱に結ばれる。回向柱に触れることは、前立本尊に触れるのと同じとされ、ご縁が生まれ功徳を受けられるとされている。

参道の左側(西側)、仁王門の南側にある、大本願の<唐門>。

唐門をくぐって正面にある<本誓殿>。大本願の本堂。本尊は善光寺一光三尊阿弥陀如来で、善導大師像、法然上人像をはじめ本田三卿像、歴代お上人の位牌等を安置。

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