たけみなかたとみのみことひこかみわけじんじゃ
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楽しみ方健御名方富命彦神別神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年05月22日(水) 15時20分25秒
参拝:2024年5月吉日
武井神社の兼務社。現在は善光寺東方の丘上、城山公園の一角の横山城跡(第2次川中島の戦の際には上杉軍の本陣は置かれていました)に鎮座していますが、明治11年(1878)までは善光寺境内にあり「年神堂八幡宮」と称していました。式内社の論社とされている古社です。御祭神は健御名方富命(建御名方神)で、元の本殿は守田酒神社に移築されています。

鳥居

参道

歌碑

狛犬


大正四年(1914)と刻まれた石柱

常山山寺先生亭

蔦吟亭文山句碑「薄雲の行衛や 花の藤處」

碑文板

千曲川改修起工碑

中村碓嶺句碑「数の灯 夜はみほとけの 五月晴」

灯籠

石段

拝殿

右、脇拝殿 地主大神との扁額あり


左、脇拝殿

本殿


明治十七年(1884)奉納の灯籠

明治天皇駐蹕之処碑 陸軍大将・乃木希典の揮毫、明治11年に行われた北陸巡幸の際、9月に長野にお泊りになっています。この丘の亭館において川中島四郡を眺め、「佳郷」とのお言葉を発せられたと、現地案内版にありました。後にこの亭館は「佳郷館」と名付けられましたが、明治24年の城山火災のため類焼。巡幸の際にはまだこの地に健御名方富命彦神別神社は遷座していません。その後すぐに遷座したことと何か関係があるのかも

説明書きは全く読めません

健御名方富命彦神別神社と刻まれている縣社碑

境内社鳥居

境内社 木匠祖神社 明治14年、長野市内の工匠諸職の道祖神として祭祀されたお社。昭和49年遷座御祭神は手置帆命・彦狭智命・聖徳太子

社殿の後方に御祭神銘の石碑

由緒書 玉垣があってよく見えません

境内社 千幡社



灯籠

玉垣建設記念碑

城山縣社越年講記念碑

坐崎浪治君碑

小出重太郎君碑
地元の方かな?
地元の方かな?
すてき
投稿者のプロフィール

サンダー2353投稿
2020年2月に九州旅行の折に熊本城へ行き、復興のつもりで始めました。そんな中、コロナウィルスが流行し100日参りをして病気平癒を願って参拝していましたが、さすがに外出できず途中で断念。 落ち...もっと読む
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