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東昌寺ではいただけません
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東昌寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2018年06月25日(月)
参拝:2018年6月吉日
覚範寺のお隣、青葉神社を挟んで東昌寺がありますが、実は青葉神社は東昌寺の境内、西側に建てられた神社でした。
それまで菩提寺を持っていなかった伊達家でしたが、四代政依公(鹿島神社を勧請した方ですね)が自身の菩提寺として、伊達家初の菩提寺として、東昌寺を福島県伊達郡桑折に建立したそうです。
他にもご先祖のお寺を作り、全部で5寺作られ、これが京都五山・鎌倉五山に倣って作られた伊達五山、後の北山五山の始まりになります。
当時は安国寺という名も頂いており、僧侶も300人は居たとのことです。
仙台に移り、現在の青葉神社の中心に東昌寺があり、それを囲むように東に満勝寺・光明寺、西に覚範寺・資福寺と並び、更に仙台城の鬼門除けとして重要視されたそうです。
確かに、青葉神社を含め、東昌寺まで境内だったすると相当な敷地です。
今地図を見ると青葉神社に比べ、東昌寺のが狭いですね。
実際に見ても、こじんまりとした印象でした。
ただ、墓地を含めたら同じくらいになるかも知れませんが…。
この日は気温が高くて、隣の寺とは言え、すべてのお寺の参道が長いので気軽に進めず、集中力が切れて来てしまいました…。
それまで菩提寺を持っていなかった伊達家でしたが、四代政依公(鹿島神社を勧請した方ですね)が自身の菩提寺として、伊達家初の菩提寺として、東昌寺を福島県伊達郡桑折に建立したそうです。
他にもご先祖のお寺を作り、全部で5寺作られ、これが京都五山・鎌倉五山に倣って作られた伊達五山、後の北山五山の始まりになります。
当時は安国寺という名も頂いており、僧侶も300人は居たとのことです。
仙台に移り、現在の青葉神社の中心に東昌寺があり、それを囲むように東に満勝寺・光明寺、西に覚範寺・資福寺と並び、更に仙台城の鬼門除けとして重要視されたそうです。
確かに、青葉神社を含め、東昌寺まで境内だったすると相当な敷地です。
今地図を見ると青葉神社に比べ、東昌寺のが狭いですね。
実際に見ても、こじんまりとした印象でした。
ただ、墓地を含めたら同じくらいになるかも知れませんが…。
この日は気温が高くて、隣の寺とは言え、すべてのお寺の参道が長いので気軽に進めず、集中力が切れて来てしまいました…。
写真左側は震災で傾いてしまい、その後の余震で完全に倒れてしまったそうです。
写真撮ってなかったけど、鐘楼は完全に崩壊したそうです。現在は修復完了しています。私が大晦日に青葉神社の木々の隙間から見た除夜の鐘はここでした。笑
写真撮ってなかったけど、鐘楼は完全に崩壊したそうです。現在は修復完了しています。私が大晦日に青葉神社の木々の隙間から見た除夜の鐘はここでした。笑
ずっとずっと看板だけ見てきた。やっと入る。笑
左に見える白い鳥居が青葉神社です。
三引両が立体的でキレイだった…!
すてき
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