ごかしょじんじゃ
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五ケ所湾から、五ケ所川右岸を北上する県道12号線を200m程の所に鎮座されています。
樟の巨樹
手水舎
拝殿
拝殿内には大石がお祀りされていました
名称 | 五ケ所神社 |
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読み方 | ごかしょじんじゃ |
詳細情報
ご祭神 | 《合》誉田別命,大宮姫命,大綿津見命,素盞嗚命,倉稲魂命,保食命,大山祇命,弥都波能売命,大己貴命,稲田姫命,蛭子命,埴山比売命,火産霊命,金山彦命,祭神不詳,《主》天忍穂耳命,天穂日命,天津日子根命,活津日子根命,熊野久須毘命,多紀理比売命,市杵島比売命,多岐都比売命 |
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ご由緒 | 五ヶ所郷士愛洲侍従治部大夫殿の高祖愛曽太郎判官殿は勢洲一之瀬郷脇出村郷士愛曽伊勢守の正統であり建武年中(1334~1335)当、五ヶ所へ分城するに伴い、鎮守を一之瀬郷より鎮遷された。御鎮座地又一村は、村上源氏北畠正統林民部少輔政利高祖鎮守ながらも天正4年丙子(1576)当城主愛洲侍従治部大夫殿国司北畠家の上意に依り田丸少輔のため滅亡し、その村民は散乱断滅してとるものとりあえず戦国となった。また、寺社は甚だ破壌に及んだが、一度、家門は言うに及ばず、旧臣輩臣村民にいたるまでしばらく在所を立ち退いていたけれど故郷を放し難く、一人集まり二人三人と終には追々寄り挙ることとなって住居していたところ、寛文2年壬寅(1662)村中の懇願に依り、当村住人村上源氏北畠林民部少輔政利の末孫山河伊輔が「天下泰平国家安穏別して村中に於いては天災地妖の患難を免れ並に火難無く水難を免れ也天行時疫病難村中飢寒の窮民無く風雨随時五穀成就の為別して信心の輩に於いては心中の諸願明意吉祥而己有りて無病息災寿命長久子孫繁栄を祈奉る」とて、御神像13体、御剣2振、御戸帳1軸を宝納のうえ奉った。こうして、御造営となった寛文2年壬寅(1662)9月21日御神入を執り行い奉った。 |
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