じょうがんじ
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楽しみ方成願寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年01月20日(月) 19時45分39秒
参拝:2024年12月吉日
津市白山町に有る天台真盛宗のお寺です。
室町時代後期の天台宗の僧、真盛上人(しんぜいしょうにん)が51歳になった年の秋、三重県津市一志町大仰(おおのき)の「成福寺」にある両親の墓参りの後、伊勢の国司 北畠材親(きたばたけ きちか)の武将で小倭(おやまと)の城主であった新長門守(にいながとのかみ)のお城に立ち寄り説法されました。その説法を聞かれた新長門守はすごく感激され、弟子になられ「新九法師」の法名をいただき、戦で亡くなった息子「経成(つねなり)」菩提のため一寺を建立されることなり、明応3年(1494)経成のための願い寺という意味で「成願寺(じょうがんじ)」と命名されたようです。
室町時代後期の天台宗の僧、真盛上人(しんぜいしょうにん)が51歳になった年の秋、三重県津市一志町大仰(おおのき)の「成福寺」にある両親の墓参りの後、伊勢の国司 北畠材親(きたばたけ きちか)の武将で小倭(おやまと)の城主であった新長門守(にいながとのかみ)のお城に立ち寄り説法されました。その説法を聞かれた新長門守はすごく感激され、弟子になられ「新九法師」の法名をいただき、戦で亡くなった息子「経成(つねなり)」菩提のため一寺を建立されることなり、明応3年(1494)経成のための願い寺という意味で「成願寺(じょうがんじ)」と命名されたようです。


寺号標

文化財の説明板

成願寺境内図

仁王門?

何故か仁王像ではなく、右手に地藏立像

左手には不動明王像の石仏です
元はどんな姿で並んでいたのでしょう??それにしても地蔵と不動明王、それも石仏の迎えてくれる山門は珍しいです
元はどんな姿で並んでいたのでしょう??それにしても地蔵と不動明王、それも石仏の迎えてくれる山門は珍しいです

慧命山の扁額

本堂

観音堂

鐘楼


宝珠丸(宗祖真盛上人幼形像)

納骨堂

すてき
投稿者のプロフィール

a.tanaka496投稿
熊野古道伊勢路旅を始めたのがきっかけで、これまで以上に神社やお寺に惹かれるようになりました。今は 三重県中心に巡っていますが、これからは県外にも活動範囲を広げていきたいと思っています。もっと読む
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