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松巌寺のお参りの記録(2回目)
京都府嵐山(京福)駅

投稿日:2026年03月17日(火) 21時55分43秒
参拝:2026年2月吉日
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松巌寺は京都市右京区にある天龍寺塔頭寺院です。
天龍寺の法堂のすぐ上手 八幡宮のお隣にあります。
山門が開いていましたので 中に入らせていただきました。
本堂に続く参道には柵があって進めませんでした。
本堂は通常非公開のようです。
山門左手にはお堂が一つあります。
こちらは天龍寺七福神巡りの「福禄寿天」のお堂です。
残念ながら厨子に入っていて 拝顔できませんでした。
節分だけの御開帳ですね。

ネット情報です。
宗派は臨済宗天龍寺派
寺格は天龍寺塔頭
ご本尊は釈迦牟尼仏
開基は四辻善成
開山は晦谷祖曇
天龍寺七福神めぐり第4番福禄寿天を祀っています。
1353年創建。
1864年 禁門の変の大火により焼失。
1870年 廃寺となった南芳院と合併し 1877年 南芳院の跡地に移転。
四辻善成は後鳥羽天皇の第3皇子で「承久の乱」で敗れて佐渡に流されたことで知られる第84代・順徳天皇(じゅんとくてんのう 1197-1242)の曾孫にあたり 源姓(順徳源氏)を賜与され臣籍降下した後 内大臣から左大臣などを歴任 また文化人としても優れ「風雅和歌集」以下の勅撰集に15首入集を果たすなど歌人として著名なほか 幼少から「源氏物語」を学び その総合注釈書である「河海抄(かかいしょう)」20巻を著した和学者としても知られている人物です。
その後 江戸後期の亨和年間(1801-04)には寺院の建物を売却し借財に充てるなど荒廃していたようで 幕末の1864年(元治元年)の「禁門の変」で焼失した後 1877年に 当時廃寺となっていた南芳院跡にて真乗院を合寺して再建 更に再建された南芳院とも合寺し名称を「松厳寺」に改め現在に至っています。
境内は寺名のとおり松をはじめとする深い緑に包まれ 手入れの行き届いた庭は 初夏は新緑 秋は紅葉が美しいことでも有名で 中でも素朴な風合いの土壁とのコントラストは絶妙です。
また山門をくぐって左手には「天龍寺七福神」の一つで 四辻善成の念持仏であったと伝わる一刀彫の福禄寿天を祀る「福禄寿天堂」があり 2月3日の節分・七福神めぐりの日には多くの参拝客が訪れて賑わいます。
更に境内の墓地には禁門の変の前夜に長州藩が陣を敷いた天龍寺を訪れていたという坂本龍馬の立像が建ち その横には1867年6月9日に土佐藩の後藤象二郎とともに藩船「夕顔」に搭乗した際に龍馬が示したとされる政治構想で 明治新政府の「五ヶ条の御誓文」の基礎となったといわれる「船中八策」の記念碑が建てられていることでも知られています。
松巌寺(京都府)
山門は開いていました
松巌寺(京都府)
寺号標
松巌寺(京都府)
本堂には参拝できません
松巌寺(京都府)
お庭は整えられていて美しい
松巌寺(京都府)
山門入って左手に 福禄寿天のお堂
松巌寺(京都府)
内陣
松巌寺(京都府)
拝顔はできませんでした
松巌寺(京都府)

すてき

みんなのコメント1件)

弘法 真魚弘法 真魚ホトカミサポーター

こちらパッと見、西本願寺さんのような造りに見えました。
境内はきちんと整えられていて、気持ちいいですね。
しかし軽々にお参りを許さない姿勢には、感服であります。
こういう姿勢、上から目線 というより、とても気持ち良く感じます。
寺族の方の、檀家さん方からお預かりしているお寺なのだ、という愛がよく伝わります。

2026年03月20日(金) 09時59分06秒
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