ちごじんじゃ
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楽しみ方兒神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月09日(土) 14時50分58秒
参拝:2026年4月吉日
兒神社は京都市右京区にある神社です。
遍照寺に参拝したら こちら兒神社もセットで参拝しましょう。
というのも兒神社は 遍照寺を建立した寛朝大僧正の死後に その死を嘆いて広沢池に身を投げた侍児の霊を祀った神社だからです。
兒神社の兒(ちご)は子ども 稚児を意味しています。
社殿も鳥居も広沢の池の方に向いて建っています。
鳥居をくぐると すぐ右手に人だかりがありました。
お祭り?違いました。
伐採された御神木が販売されているというのです。
よくよく聞くと 阿刀神社(そんなに離れていない)の御神木だそうで 倒木の恐れがあるために昨年6月に伐採されたものだそうです。
御神木の一枚板が販売されていて まあ神木ということもあるのでしょうが なかなかの値段でした。
製材された板も まあまあそれなりのお値段でした。
我が家には入らない大きさでしたので 購入は見送りました。
木っ端は高くなかったです。
阿刀神社と兒神社 宮司様が兼務されていらっしゃるんですね。
境内には兒も石椅子というのがあり 背もたれのある椅子の形をした石でした。
寛朝僧正が座禅をしていたときに 兒が腰を掛けていたという石だそうで 神社に参拝し この石に座って願えば願いが叶うと伝えられてます。
私も長命と健康を祈願しました。
また ハート形の石もありました。
このハートストーンは 平成28年の神社修復事業の際 境内の土中から発掘されたものだそうです。
埋まっていた理由は分からないそうですが この形からして意味があったと思われます。
こちらでも長命と健康を祈願しました。
すぐ横に古い切り株があるのですが そこから新しい枝が伸びていて 植物の力強さとともにこちらの神社のご利益の強さも想像できました。
由緒書より。
兒神社は創立年不詳 祭神は寛朝大僧正の侍兒である。
寛朝大僧正は 成田山新勝寺を開創 後にこの嵯峨広沢の地に遍照寺を創立 名僧正として徳は一世に及ぶものなしと言われた。
長徳4年6月12日 大僧正示寂 伝聞ではその時 遍照寺山腹の老松から龍となり 静かに昇天してゆくのが見えたという。
残された兒は 悲嘆・悲泣し 後を追い 山腹下に広がる広沢の池に身を沈めた。
近在の人々が この兒を哀れと思い その霊を慰めんものとこの社を創建 以来兒神社と称されるようになった。
(中略)
なお 寛朝大僧正がこの広沢の池畔で座禅の折 傍らでいつも兒が腰を掛けていたという石椅子が 境内地に移し置かれていつしか神前で一心に祈願し この石に座れば 必ず長命・安産・縁結びが叶うと伝えられるようになった。
遍照寺に参拝したら こちら兒神社もセットで参拝しましょう。
というのも兒神社は 遍照寺を建立した寛朝大僧正の死後に その死を嘆いて広沢池に身を投げた侍児の霊を祀った神社だからです。
兒神社の兒(ちご)は子ども 稚児を意味しています。
社殿も鳥居も広沢の池の方に向いて建っています。
鳥居をくぐると すぐ右手に人だかりがありました。
お祭り?違いました。
伐採された御神木が販売されているというのです。
よくよく聞くと 阿刀神社(そんなに離れていない)の御神木だそうで 倒木の恐れがあるために昨年6月に伐採されたものだそうです。
御神木の一枚板が販売されていて まあ神木ということもあるのでしょうが なかなかの値段でした。
製材された板も まあまあそれなりのお値段でした。
我が家には入らない大きさでしたので 購入は見送りました。
木っ端は高くなかったです。
阿刀神社と兒神社 宮司様が兼務されていらっしゃるんですね。
境内には兒も石椅子というのがあり 背もたれのある椅子の形をした石でした。
寛朝僧正が座禅をしていたときに 兒が腰を掛けていたという石だそうで 神社に参拝し この石に座って願えば願いが叶うと伝えられてます。
私も長命と健康を祈願しました。
また ハート形の石もありました。
このハートストーンは 平成28年の神社修復事業の際 境内の土中から発掘されたものだそうです。
埋まっていた理由は分からないそうですが この形からして意味があったと思われます。
こちらでも長命と健康を祈願しました。
すぐ横に古い切り株があるのですが そこから新しい枝が伸びていて 植物の力強さとともにこちらの神社のご利益の強さも想像できました。
由緒書より。
兒神社は創立年不詳 祭神は寛朝大僧正の侍兒である。
寛朝大僧正は 成田山新勝寺を開創 後にこの嵯峨広沢の地に遍照寺を創立 名僧正として徳は一世に及ぶものなしと言われた。
長徳4年6月12日 大僧正示寂 伝聞ではその時 遍照寺山腹の老松から龍となり 静かに昇天してゆくのが見えたという。
残された兒は 悲嘆・悲泣し 後を追い 山腹下に広がる広沢の池に身を沈めた。
近在の人々が この兒を哀れと思い その霊を慰めんものとこの社を創建 以来兒神社と称されるようになった。
(中略)
なお 寛朝大僧正がこの広沢の池畔で座禅の折 傍らでいつも兒が腰を掛けていたという石椅子が 境内地に移し置かれていつしか神前で一心に祈願し この石に座れば 必ず長命・安産・縁結びが叶うと伝えられるようになった。

鳥居は少し内側にありました

由緒書

社号の石柱

鳥居は広沢の池の方を向いています

手水舎

拝殿

本殿拝所

本堂に絵馬が掛けられていました

内陣

兒(ちご)の石椅子

説明

阿刀神社の御神木(桧)を伐採したもの

広沢の池の目の前にあります

さすが名勝の池

兒神社の御神木

ハートストーン

切り株から枝が伸びていました

広沢の池の碑

明治26年建立だそうです

嵯峨野めぐりの起点になっていました
すてき
投稿者のプロフィール

くるくるきよせん3454投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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