かみのきべんざいてん
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楽しみ方神ノ木弁財天のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月16日(月) 20時18分46秒
参拝:2026年2月吉日
京都市右京区にある神社です。
嵐電の有栖川駅近くまで来ました。
線路近くに玉垣があり 大きな鳥居はないですが すぐに神社だと分かりました。
この立地 なんだかかわいそうですよね。
境内に線路が通ったのか それともこの地に移されたのか。
社号の石柱は新しいもので やっぱりこの地に移されたんだろうなぁと思いました。
参道が直角に曲がるのですが 本殿の石鳥居がありました。
笠木(かさぎ)と島木(しまぎ)と貫(ぬき)は新しい石ですが それ以外は少し古いです。
きっと台風かなにかで壊れてしまった部分を修復したんでしょうね。
本殿は覆屋になっていて 中に祠が2基ありました。
一つは神ノ木弁財天で もう一つは神ノ木地神(神ノ木龍神)だそうです。
小さな社務所がありましたが無人でした。
供えられている樒は新しいもので 境内は整えられていましたので 地域の氏子様たちによりしっかり管理されているのが分かりました。
町中の神社 素敵です。
ネット情報です。
社伝に拠れば 三百余年前に山城国葛野郡生田村の庄屋海老名庄左衛門が 比叡山の無動寺から授けられた木像を家宝として祀っていたところ その次代の庄左衛門の夢枕に弁財天が現れ 木像の指が3本折れたという。
これを祓い清めた後に修復し祀っていたが その後当地(現・神ノ木町)に遷座した時に再び夢枕に弁財天が現れたため 神ノ木村在住の安井仙之助の尽力と地主北村利一郎が私有地を寄進したことにより 1889年(明治22年)秋に神ノ木弁財天として この木像を祭祀する場所としたという。
その後 大正年代には神ノ木地神を合祀し現在に至る。
境内は 小さな祠が樹齢300年超とされる高さ20mの榎の大木3本に囲まれており この木は右京区民の誇りの木に指定されていた。(今は存在しない)
嵐電の有栖川駅近くまで来ました。
線路近くに玉垣があり 大きな鳥居はないですが すぐに神社だと分かりました。
この立地 なんだかかわいそうですよね。
境内に線路が通ったのか それともこの地に移されたのか。
社号の石柱は新しいもので やっぱりこの地に移されたんだろうなぁと思いました。
参道が直角に曲がるのですが 本殿の石鳥居がありました。
笠木(かさぎ)と島木(しまぎ)と貫(ぬき)は新しい石ですが それ以外は少し古いです。
きっと台風かなにかで壊れてしまった部分を修復したんでしょうね。
本殿は覆屋になっていて 中に祠が2基ありました。
一つは神ノ木弁財天で もう一つは神ノ木地神(神ノ木龍神)だそうです。
小さな社務所がありましたが無人でした。
供えられている樒は新しいもので 境内は整えられていましたので 地域の氏子様たちによりしっかり管理されているのが分かりました。
町中の神社 素敵です。
ネット情報です。
社伝に拠れば 三百余年前に山城国葛野郡生田村の庄屋海老名庄左衛門が 比叡山の無動寺から授けられた木像を家宝として祀っていたところ その次代の庄左衛門の夢枕に弁財天が現れ 木像の指が3本折れたという。
これを祓い清めた後に修復し祀っていたが その後当地(現・神ノ木町)に遷座した時に再び夢枕に弁財天が現れたため 神ノ木村在住の安井仙之助の尽力と地主北村利一郎が私有地を寄進したことにより 1889年(明治22年)秋に神ノ木弁財天として この木像を祭祀する場所としたという。
その後 大正年代には神ノ木地神を合祀し現在に至る。
境内は 小さな祠が樹齢300年超とされる高さ20mの榎の大木3本に囲まれており この木は右京区民の誇りの木に指定されていた。(今は存在しない)
すてき
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くるくるきよせん3234投稿
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