御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方長福寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年03月29日(日) 20時03分38秒
参拝:2026年3月吉日
長福寺は京都市右京区にあるお寺です。
再び桂川を渡って右京区に戻ってきました。
小学校のすぐお隣にあり 住宅街のお寺としては境内はかなり広いです。
期待して訪れたのですが 残念ながら山門は閉じられていました。
まだ夕刻まで少し時間があるので 通常非公開ということでしょうか。
Googleマップで見ると 境内には宝塔(仏殿)や鐘楼や方丈などが表記されています。
墓所もありますし かなり広いことが分かります。
隣接する駐車場から 宝塔の屋根だけが見えました。
また塀ぞいに歩いていますと 裏の戸がありました。
中が見えるかなと思いましたが 背の高い生垣が遮っていてまったく見えませんでした。
カイヅカイブキかな。そりゃしゃーないわ。
山門に戻って合掌し 写真を撮らせていただきました。
ネット情報です。
山号は大梅山
宗派は臨済宗南禅寺派
ご本尊は阿弥陀如来
創建年は仁安4年(1169年)
開山は真理尼
中興年は暦応2年(1339年)
中興は月林道皎
縁起によれば 当寺は梅津の開発領主梅津氏出身の尼僧・真理尼によって仁安4年(1169年)に堂宇が建立されたのに始まるという。
建久元年(1190年)に梅津上荘に「新御堂」が建立されると 従来からあった当寺は「本御堂」と呼ばれるようになった。
当初は天台宗に属していたが 暦応2年(1339年)に梅津氏の帰依を得た月林道皎が入寺して臨済宗の寺院に改められ中興された。
観応元年(1350年)には北朝の光厳天皇の勅願所となっている。
その後 応仁の乱で焼失するが 山名宗全によって再興された。
文禄元年(1592年)には諸山に列せられ 江戸時代には御朱印寺として350石の寺領があった。
享保17年(1732年)に作られた「大梅山長福寺全盛古大図」によると 山門 仏殿 法堂 方丈などが立ち並ぶ他 塔頭も28か寺あった。
近世には南禅寺末となり 寛政元年(1789年)の南禅寺末寺帳によると当時の長福寺は末寺8 寺家11を数えた。
方丈の北西に枯山水式庭園がある。
平庭で 江戸時代 1662年頃の作庭という。
中央に苔の低い中島が造られている。
所有する国宝は 花園天皇像 豪信筆・紙本著色花園天皇像 豪信筆・古林清茂墨蹟 月林道号 泰定四年三月望月
重要文化財は 石造宝塔・絹本著色仏涅槃図・紺紙金字金光明経 4巻 巻第四久安元年書写奥書・長福寺縁起・月林道禅師送行文 花園天皇宸翰・花園天皇宸翰如来寿量品偈・花園天皇宸翰阿弥陀経残巻・花園天皇宸翰達磨像賛・花園天皇宸翰消息 箱裏押紙に貞和三年の記あり・光厳院宸翰仮名消息(2通)1巻・後光厳院宸翰消息(三月七日)・普光大幢国師諡号勅書(後光厳院画あり)・竺仙梵遷墨蹟 古林和尚碑文
めちゃくちゃ多くないですか。
特別拝観してくださーい。
再び桂川を渡って右京区に戻ってきました。
小学校のすぐお隣にあり 住宅街のお寺としては境内はかなり広いです。
期待して訪れたのですが 残念ながら山門は閉じられていました。
まだ夕刻まで少し時間があるので 通常非公開ということでしょうか。
Googleマップで見ると 境内には宝塔(仏殿)や鐘楼や方丈などが表記されています。
墓所もありますし かなり広いことが分かります。
隣接する駐車場から 宝塔の屋根だけが見えました。
また塀ぞいに歩いていますと 裏の戸がありました。
中が見えるかなと思いましたが 背の高い生垣が遮っていてまったく見えませんでした。
カイヅカイブキかな。そりゃしゃーないわ。
山門に戻って合掌し 写真を撮らせていただきました。
ネット情報です。
山号は大梅山
宗派は臨済宗南禅寺派
ご本尊は阿弥陀如来
創建年は仁安4年(1169年)
開山は真理尼
中興年は暦応2年(1339年)
中興は月林道皎
縁起によれば 当寺は梅津の開発領主梅津氏出身の尼僧・真理尼によって仁安4年(1169年)に堂宇が建立されたのに始まるという。
建久元年(1190年)に梅津上荘に「新御堂」が建立されると 従来からあった当寺は「本御堂」と呼ばれるようになった。
当初は天台宗に属していたが 暦応2年(1339年)に梅津氏の帰依を得た月林道皎が入寺して臨済宗の寺院に改められ中興された。
観応元年(1350年)には北朝の光厳天皇の勅願所となっている。
その後 応仁の乱で焼失するが 山名宗全によって再興された。
文禄元年(1592年)には諸山に列せられ 江戸時代には御朱印寺として350石の寺領があった。
享保17年(1732年)に作られた「大梅山長福寺全盛古大図」によると 山門 仏殿 法堂 方丈などが立ち並ぶ他 塔頭も28か寺あった。
近世には南禅寺末となり 寛政元年(1789年)の南禅寺末寺帳によると当時の長福寺は末寺8 寺家11を数えた。
方丈の北西に枯山水式庭園がある。
平庭で 江戸時代 1662年頃の作庭という。
中央に苔の低い中島が造られている。
所有する国宝は 花園天皇像 豪信筆・紙本著色花園天皇像 豪信筆・古林清茂墨蹟 月林道号 泰定四年三月望月
重要文化財は 石造宝塔・絹本著色仏涅槃図・紺紙金字金光明経 4巻 巻第四久安元年書写奥書・長福寺縁起・月林道禅師送行文 花園天皇宸翰・花園天皇宸翰如来寿量品偈・花園天皇宸翰阿弥陀経残巻・花園天皇宸翰達磨像賛・花園天皇宸翰消息 箱裏押紙に貞和三年の記あり・光厳院宸翰仮名消息(2通)1巻・後光厳院宸翰消息(三月七日)・普光大幢国師諡号勅書(後光厳院画あり)・竺仙梵遷墨蹟 古林和尚碑文
めちゃくちゃ多くないですか。
特別拝観してくださーい。
すてき
投稿者のプロフィール

くるくるきよせん3313投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。












