れいこういん|臨済宗妙心寺派大本山妙心寺山外塔頭
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楽しみ方霊光院のお参りの記録一覧

龍安寺の塔頭はぜんぶ巡っていたのですが こちらは投稿していませんでした。
本日のお参り分を投稿させていただきます。
龍安寺の鏡容池のほとりにあります。
手水舎がありますが これはもしかしたら霊光院のものではないかもしれません。
柵があって中には入れません。
お堂だけしかないので 塔頭寺院だと気づかれないと思います。
ネット情報です。
龍安寺境内 鏡容池畔に塔頭の霊光院がある。
いまは 無住の小堂 霊光堂だけが残されている。
臨済宗妙心寺派。
1583年? 細川昭元の室・宗倩尼(そうせんに)が 妙心寺44世・月航玄津(げっこう-そうしん)(普済英宗禅師)に請じて創建したという。
実際には 宗倩尼没後 その乳母が建立したともいう。
かつての境内は 境内北西にあったという。
大正期(1912-1926) 現在地の塔頭・大珠院の東に移された。
その後 伽藍は失われるが 寺籍は残されている。
2010年頃? 小堂の霊光堂が建てられ いまは新たに宗倩尼の位牌が祀られている。
墓地には宗倩尼とその子・佐治一成(さじ かずなり1569?-1634)墓が残されているという。

手水舎ですが 龍安寺のかもしれません

お堂だけが残っています

龍安寺の鏡容池北側、辨財天堂の橋北側にある小堂。霊光院とあり、長安寺塔頭であったが現在は小堂のみ。ただ寺籍は残されているらしいので一応塔頭として独立した存在ではあります。細川昭元の室・宗倩尼の創建。宗倩尼はあの織田信長公の父・信秀公の八女。信長・お市の妹になります😲大野城主佐治信方に嫁ぎますが長島の一向一揆で信方が戦死。岐阜城に戻り、お市の方の娘である茶々の後見となります。その後、細川晴元の嫡男の山城槙島城主である細川昭元と再婚。龍安寺には彼女の肖像画が残されています。

御堂。入れない・・・😔

堂前


扁額。霊光院と見える。
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