ちょうこういん
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楽しみ方長興院のお参りの記録(2回目)
投稿日:2026年02月03日(火) 21時27分28秒
参拝:2026年1月吉日
京都市右京区にある妙心寺の塔頭寺院の一つです。
こちら長興院は本堂などは通常非公開ですが 御朱印をいただくことができます。
御朱印を書いてくださっている間に お庭のお地蔵様などを見て回ることができます。
中でも やすらぎ地蔵は江戸時代初期からすえられた古いお地蔵さまで 苔でカビでもない何かが張り付いています。
石の古さって 場所によっては風化して分かりやすいですが 風化していなければ分かりにくいものですね。
御朱印は基本的に書置きですが 姓か名を書き入れてくださいます。
「今年の新作」があるそうなので そちらを拝受しました。
ネット情報です。
長興院は 織田信長の家臣として活躍した武将らによって守られてきた寺院です。
安土桃山時代 天正9年(1581年)織田信長に仕えた武将・滝川一益が 息子の妙心寺56世・九天宗瑞を開祖に「暘谷庵(ようこくあん)」を創建。
江戸時代 慶長11年(1606年)父と共に織田信長に仕えた武将 津田秀政が「暘谷庵」を再興。
津田家の菩提寺「暘谷院」としました。
秀政の妻は滝川一益の娘。
津田秀政は元和2年(1616年)に出家 寛永12年(1635年)90歳で死去。
法名「長興院殿光岩道景大居士」にちなんで「長興院」に改められました。
後に 九天宗瑞と慈徳院が織田信長の息子 織田信忠の菩提所として開創した「大雲院」を併合。
明治11年(1878年)には後園院を合併し現在に至ります。
こちら長興院は本堂などは通常非公開ですが 御朱印をいただくことができます。
御朱印を書いてくださっている間に お庭のお地蔵様などを見て回ることができます。
中でも やすらぎ地蔵は江戸時代初期からすえられた古いお地蔵さまで 苔でカビでもない何かが張り付いています。
石の古さって 場所によっては風化して分かりやすいですが 風化していなければ分かりにくいものですね。
御朱印は基本的に書置きですが 姓か名を書き入れてくださいます。
「今年の新作」があるそうなので そちらを拝受しました。
ネット情報です。
長興院は 織田信長の家臣として活躍した武将らによって守られてきた寺院です。
安土桃山時代 天正9年(1581年)織田信長に仕えた武将・滝川一益が 息子の妙心寺56世・九天宗瑞を開祖に「暘谷庵(ようこくあん)」を創建。
江戸時代 慶長11年(1606年)父と共に織田信長に仕えた武将 津田秀政が「暘谷庵」を再興。
津田家の菩提寺「暘谷院」としました。
秀政の妻は滝川一益の娘。
津田秀政は元和2年(1616年)に出家 寛永12年(1635年)90歳で死去。
法名「長興院殿光岩道景大居士」にちなんで「長興院」に改められました。
後に 九天宗瑞と慈徳院が織田信長の息子 織田信忠の菩提所として開創した「大雲院」を併合。
明治11年(1878年)には後園院を合併し現在に至ります。

山門には柵があります

寺号の石柱

寺号標

「本日御朱印致します」があれば 門のインターホンを押します

庫裡の玄関

おすくい地蔵

この御姿は苦界に沈む人々のために 自らひざまずいて手を差しのべているお地蔵さまで 今苦しんでいるさまざまな状況からお救いいただけます

やすらぎ地蔵

江戸の初期よりすえられた古い地蔵さまで やさしいお顔で長い間この地を守ってこられたお地蔵さまです 合掌してお顔を拝んでいただきますと ゆったりと落ち着いた心になれます

願い地蔵

出世岩

この岩を大切にし 熱心に拝んでいた方が出世し 大金持ちになったという因縁から 心を込めて拝むと大きなご利益がいただける不思議な黒い大岩です

水盤の水で手を洗い清めお賽銭を入れる 合掌をし願い事を心の中で三回となえる お水をお地蔵さまと出世岩に三回かける

お庭はすっきりしています

近寄れないですけど本堂
すてき
投稿者のプロフィール

くるくるきよせん3160投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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