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楽しみ方角坊別院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月25日(日) 21時14分39秒
参拝:2025年12月吉日
京都市右京区にあるお寺です。
地下鉄東西線が下に通る御池通沿いにあるお寺です。
この道は二条城に続いているので通ることが多く こちらのお寺は車の中からよく見ていました。
今回は歩いて参拝です。
別院という名が示していますが こちらは本願寺の別院です。
境内には立派な鐘楼と新しい本堂があり さすが本願寺の別院だと感じさせてくれます。
経験値の低い私にとって 山門+鐘楼+手水舎+複数のお堂or立派な本堂=好物 なんです。
こちらは団体での参拝があるようで 親鸞聖人像の前に 「参拝記念」の文字がありました。
記念撮影されるんでしょうね。
保育園が併設されていて 境内の芝生(?)の場所は 保育園の園庭(白線でトラックかいていました)になっていました。
本堂の戸が開いていて内陣の様子も分かります。
ただ 断りなく本堂に入るのは気が引けましたので遠慮しておきました。
(保育園の保護者の目もあることですし)
ネット情報です。
宗旨宗派は浄土真宗本願寺派
寺格は本願寺飛地境内
ご本尊は阿弥陀如来
創建年は安政4年(1857年)
開山は広如。
鎌倉時代 当地右京山ノ内に比叡山延暦寺東塔にある善法院の支坊(里坊)があり そこに親鸞の実弟である尋有僧都が住していた。
親鸞は60歳を過ぎて関東から京に戻ると五条西洞院(現・松原西洞院の光圓寺)に暮らしていたが 建長7年(1255年)に火災に遭って善法院支坊に身を寄せることになった。
親鸞はこの境内に草庵を結ぶと草庵を角坊(すみのぼう)と称したが 弘長2年(1263年)11月28日に示寂すると 以後善法院は衰退していった。
親鸞の曾孫にあたる本願寺第3世覚如は 「本願寺聖人親鸞伝絵」に親鸞の示寂地が「押小路ノ南 萬里小路ヨリ東」と示しているが 後に善法院は廃寺となってしまい どこにあったかも良く分からなくなってしまった。
しかし 安政4年(1857年)に本願寺第20世広如が僧純に親鸞示寂の地の調査を命じると 僧純によって当地こそ善法院の跡地であることが考証された。
そこで 当時この地の所有者であった相国寺から土地2反を購入すると 宗祖親鸞の600回忌に向けてこの地に角坊別院が建立された。
しばらくして本堂である還浄殿(げんじょうでん)に広如筆の「還浄殿」の額が掲げられている。
なお、真宗大谷派は現在の京都市立京都御池中学校の地が善法院の跡地だとしている。
2008年(平成20年)11月 本山本願寺に「本願寺角坊別院」を吸収合併して本願寺の飛地境内とし 新たに本願寺角坊として老朽化した建物の新築を始めとする境内地整備工事を行うこととした。
2010年(平成22年)1月迄に本堂・寺務所建物の基礎工事を完了。
10月末には本堂・寺務所建物がほぼ完成し 本堂内陣床の摺り漆工事を行う。
12月下旬に竣工式が執り行われ 完成した。
地下鉄東西線が下に通る御池通沿いにあるお寺です。
この道は二条城に続いているので通ることが多く こちらのお寺は車の中からよく見ていました。
今回は歩いて参拝です。
別院という名が示していますが こちらは本願寺の別院です。
境内には立派な鐘楼と新しい本堂があり さすが本願寺の別院だと感じさせてくれます。
経験値の低い私にとって 山門+鐘楼+手水舎+複数のお堂or立派な本堂=好物 なんです。
こちらは団体での参拝があるようで 親鸞聖人像の前に 「参拝記念」の文字がありました。
記念撮影されるんでしょうね。
保育園が併設されていて 境内の芝生(?)の場所は 保育園の園庭(白線でトラックかいていました)になっていました。
本堂の戸が開いていて内陣の様子も分かります。
ただ 断りなく本堂に入るのは気が引けましたので遠慮しておきました。
(保育園の保護者の目もあることですし)
ネット情報です。
宗旨宗派は浄土真宗本願寺派
寺格は本願寺飛地境内
ご本尊は阿弥陀如来
創建年は安政4年(1857年)
開山は広如。
鎌倉時代 当地右京山ノ内に比叡山延暦寺東塔にある善法院の支坊(里坊)があり そこに親鸞の実弟である尋有僧都が住していた。
親鸞は60歳を過ぎて関東から京に戻ると五条西洞院(現・松原西洞院の光圓寺)に暮らしていたが 建長7年(1255年)に火災に遭って善法院支坊に身を寄せることになった。
親鸞はこの境内に草庵を結ぶと草庵を角坊(すみのぼう)と称したが 弘長2年(1263年)11月28日に示寂すると 以後善法院は衰退していった。
親鸞の曾孫にあたる本願寺第3世覚如は 「本願寺聖人親鸞伝絵」に親鸞の示寂地が「押小路ノ南 萬里小路ヨリ東」と示しているが 後に善法院は廃寺となってしまい どこにあったかも良く分からなくなってしまった。
しかし 安政4年(1857年)に本願寺第20世広如が僧純に親鸞示寂の地の調査を命じると 僧純によって当地こそ善法院の跡地であることが考証された。
そこで 当時この地の所有者であった相国寺から土地2反を購入すると 宗祖親鸞の600回忌に向けてこの地に角坊別院が建立された。
しばらくして本堂である還浄殿(げんじょうでん)に広如筆の「還浄殿」の額が掲げられている。
なお、真宗大谷派は現在の京都市立京都御池中学校の地が善法院の跡地だとしている。
2008年(平成20年)11月 本山本願寺に「本願寺角坊別院」を吸収合併して本願寺の飛地境内とし 新たに本願寺角坊として老朽化した建物の新築を始めとする境内地整備工事を行うこととした。
2010年(平成22年)1月迄に本堂・寺務所建物の基礎工事を完了。
10月末には本堂・寺務所建物がほぼ完成し 本堂内陣床の摺り漆工事を行う。
12月下旬に竣工式が執り行われ 完成した。

由緒書

親鸞聖人御往住之地

山門は開いていました

鐘楼

親鸞上人像 参拝記念の字があるのは皆さん記念撮影されるからでしょうね

手水舎

本堂は新しいですね

ちらっと内陣も

境内は併設されている保育園の園庭にもなっています
すてき
投稿者のプロフィール

くるくるきよせん3133投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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