にししじょうさいぐう さいいんののみやじんじゃ(かすがじんじゃおたびしょ)
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方西四条斎宮 西院野々宮神社(春日神社御旅所)のお参りの記録一覧

年内最後の京都市巡り 〆のお詣り 師走詣(除夜詣)です。
こちら西院野々宮神社は 西院春日神社の御旅所です。
西院春日神社から800mほど離れた場所にあります。
住宅街で 前は中学校のグランドになっていました。
こちらだけこんもりと木が茂っていますので 神社があることはすぐ分かります。
こちらも新年の準備がされているのか 鳥居の手前に燈籠が建てられて脚立がありました。
コーンが置いてあるのも準備中の表れなのでしょう。
参拝者はおらず 静かにお詣りさせていただけました。
手水舎は 水盤の横に井戸(ふさいであった)の釣瓶がありました。
懐かしいなぁ。
建物について詳しく知らないのですが 拝殿はなく 本殿(正殿?)を囲む塀がありました。
これは板垣と言うのでしょうか。拝殿とは言わない気がしますが・・・あってる?
祭神は倭姫命・布勢内親王です。
第11代垂仁天皇の第4皇女で伊勢神宮を創建した倭姫命 第50代桓武天皇皇女布勢内親王の2座を祀っています。
平安時代に伊勢神宮の斎王に選ばれた皇女が伊勢へ赴かれるまでの間 心身を清められるための潔斎所である「野々宮」が築かれたました。
この地は 平安時代にお二方の内親王が斎王として伊勢神宮へご下向まで野々宮とされた聖地です。
各地に残る「野々宮」の名称の発祥の地とされています。
現存する斎宮の中で最もその風情をとどめるといわれるお宮です。
御朱印は西院春日神社で直書していただけます。

鳥居は新しいです

社号の石柱

鳥居の扁額

手水舎

昔は井戸だったようです

拝所

正殿

由緒書

説明

お正月らしい

ゆずでもない みかんでもない なんだっけこれ

この一画だけこんもり木が茂っています

#西院野々宮神社
ご祭神はヤマトヒメの命、布勢内親王。
#倭姫命
日本書紀によれば、第10代・崇神天皇の頃まで、アマテラス大神とヤマトオオクニタマの神は宮中で祀られていた。しかし彼女らの神威を恐れ、外で祀ることにした。はじめ、崇神天皇の皇女のうち、トヨスキイリビメの命がアマテラス大神に、ヌナキノイリビメの命がヤマトオオクニタマの神に仕えた。
その後、トヨスキイリビメの命の役目はヤマトヒメの命が引き継ぎ、ヌナキノイリビメの命はイチシノナガオチという人物と交代した。ヤマトヒメの命は次の垂仁天皇の皇女だが、イチシノナガオチの出自は日本書紀に載っていなかった気がする。男性か女性かも僕は知らない。
なお日本書紀には、先代のトヨスキイリビメの命がアマテラス大神を祀ったのは大和の国の笠縫のむらとある。大神神社(奈良県桜井市)の境外に鎮座する、檜原神社の場所だそうだ。檜原神社のご祭神は現在もアマテラス大神だが、戦後、その境内にトヨスキイリビメの命を祀る豊鍬入姫宮が建てられたと。
#布勢内親王
HPによれば、ヤマトヒメの命は史上初の斎王なのに対し、布勢内親王は平安京へ遷都して以降で最初の斎王とのこと。なお斎王は神宮に仕えた皇族の女性のこと。HPによると布勢内親王は桓武天皇の皇女だそうだ。

京都府のおすすめ🎍
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ














































12
4