りょうげんいん|臨済宗大徳寺派大本山大徳寺塔頭・大徳寺南派本院
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龍源院の御由緒・歴史
ご本尊 | 釈迦牟尼仏 | |
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創建時代 | 1502年(文亀2年) | |
開山・開基 | 畠山義元、大友義長、大内義興ら/東渓宗牧禅師 | |
ご由緒 | 文亀2年(1502)大徳寺の開山、大灯国師より第8世の法孫、東渓宗牧禅師を開祖として能登の領主畠山義元公、九州の都総督大友義長らが創建した室町時代最古の方丈建造物として国の重要文化財に指定されている。庭園は方丈を中心として南庭、北庭、東の壷石庭、開祖堂前庭、及び庫裡南軒先の秀吉が建立した聚楽第の基礎石を配した阿・吽の石庭。北庭は室町時代特有の三尊石組からなる須弥山式の枯山水庭園であり、また東の壷庭は日本最小の石庭として格調高く有名である。
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歴史 | 歴史[編集] 文亀2年(1502年)に東渓宗牧(とうけいそうぼく)を開山として、能登守護の畠山義元、豊後守護の大友義長、周防守護の大内義興らが創建した[1]。創建年次については永正元年(1504年)など諸説ある[2][3][4]。大徳寺の塔頭の中では最も古いものである。 寺号の由来は大徳寺の山号である龍宝山(りゅうほうざん)の「龍」と中国・臨済宗松源派の祖・松源崇嶽(しょうげんすうがく)の禅を正しく継承し、臨済宗で唯一残っている松源一脈の「源」の2文字を採ったものである。 明治時代の初めに大阪・住吉大社内の慈恩寺と、岐阜県・高山城主だった金森長近が大徳寺内に建立した金竜院を合併している。...Wikipediaで続きを読む | |
引用元情報 | 「龍源院」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%BE%8D%E6%BA%90%E9%99%A2&oldid=102243996 |
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