ふたばひめいなりじんじゃ
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楽しみ方二葉姫稲荷神社のお参りの記録(2回目)
投稿日:2025年09月30日(火) 18時57分49秒
参拝:2025年8月吉日
京都市北区上賀茂神社の境内社?境外社?になります。
上賀茂神社の境内からもお詣りできますし 上賀茂山本町の住宅街からも石段を上がってお詣りできます。
少し山を上がった場所(境内)には 社殿がいくつかあります。
二葉姫稲荷神社の御祭神は 倉稲御魂神です。
末社は5つあります。
ネット情報です。
二葉姫稲荷神社は上賀茂神社境内のすぐ近くにある為 摂社 末社と思われがちですが上賀茂神社の摂社や末社ではありません。
上賀茂神社の摂社 片山御子社(片岡社)の神宮寺の鎮守社でした。
神宮寺が移転した後 鎮守社だけが残りました。
片山御子神社は玉依比売命を祀り 上賀茂神社の第一摂社として縁結びの神として厚く崇められている神社です。
また神宮寺は現在の上賀茂神社にある渉渓園周辺にあったと云われています。
明治初期の神仏分離令の流れで廃れた後 二葉姫稲荷社だけ残される形となりました。
金毘羅宮の御祭神は金毘羅大神 天之斑駒社の御祭神は天之斑駒 御影龍神の御祭神は御影龍神 八島龍神の御祭神は八島龍神 光善稲荷社の御祭神は光善稲荷大明神です。
駒札には以下のように書かれています。
祭神由緒
抑々も此の八嶋龍神古来鎮座あられ 此の地より南に約百五十メートル下の畑地に神宮寺と当り補する社寺の庭園に千五百坪の池ありし中央の鳴を天と名付益に 八嶋龍神鎮座なされしなり
右寺地元賀茂別雷神社の境内地なりしが 明治維新に依り廃寺となり寺趾は民家に収め下せら八故に龍神鎮座の霊地も耕地と化し来しが今回信者相寄り茲に昭和の維新を基として霊神の鎮ります地を神宮寺境内なりし此神宮寺山の霊地に御鎮座せし由縁なり
御神厳は其辨天嶋にありし主岩石なり
因って茲に後古に傳なるなり
上賀茂神社の境内からもお詣りできますし 上賀茂山本町の住宅街からも石段を上がってお詣りできます。
少し山を上がった場所(境内)には 社殿がいくつかあります。
二葉姫稲荷神社の御祭神は 倉稲御魂神です。
末社は5つあります。
ネット情報です。
二葉姫稲荷神社は上賀茂神社境内のすぐ近くにある為 摂社 末社と思われがちですが上賀茂神社の摂社や末社ではありません。
上賀茂神社の摂社 片山御子社(片岡社)の神宮寺の鎮守社でした。
神宮寺が移転した後 鎮守社だけが残りました。
片山御子神社は玉依比売命を祀り 上賀茂神社の第一摂社として縁結びの神として厚く崇められている神社です。
また神宮寺は現在の上賀茂神社にある渉渓園周辺にあったと云われています。
明治初期の神仏分離令の流れで廃れた後 二葉姫稲荷社だけ残される形となりました。
金毘羅宮の御祭神は金毘羅大神 天之斑駒社の御祭神は天之斑駒 御影龍神の御祭神は御影龍神 八島龍神の御祭神は八島龍神 光善稲荷社の御祭神は光善稲荷大明神です。
駒札には以下のように書かれています。
祭神由緒
抑々も此の八嶋龍神古来鎮座あられ 此の地より南に約百五十メートル下の畑地に神宮寺と当り補する社寺の庭園に千五百坪の池ありし中央の鳴を天と名付益に 八嶋龍神鎮座なされしなり
右寺地元賀茂別雷神社の境内地なりしが 明治維新に依り廃寺となり寺趾は民家に収め下せら八故に龍神鎮座の霊地も耕地と化し来しが今回信者相寄り茲に昭和の維新を基として霊神の鎮ります地を神宮寺境内なりし此神宮寺山の霊地に御鎮座せし由縁なり
御神厳は其辨天嶋にありし主岩石なり
因って茲に後古に傳なるなり
すてき
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くるくるきよせん2989投稿
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