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じっそういんもんぜき|単立(もと天台宗寺門派)岩倉山

実相院門跡のお参りの記録一覧
京都府 岩倉駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2025年09月15日(月)3171投稿

こちらの実相院さんのHPを見てください。リフレクションが美しいです。
いつも長い文章になってしまうので 1行目にこだわってみました。
京都市左京区にある門跡寺院です。
京都市の中心部からだいぶ北上した岩倉地区にあります。
近くに岩倉具視幽棲旧宅があったので 岩倉具視からこの岩倉という地域の名がついたのかな?と想像したのですが 逆でした。
お寺のすぐ前がバスのロータリーになっていて すぐ目の前までバスで来ることができます。
実相院は建物の中の撮影ができません。
お庭の美しさを感じて時間をゆっくり過ごすのがいちばんです。
「滝の間」というお部屋の床には黒漆が塗られており この部屋は照明を落としていますので お庭の景色がリフレクション(反射して映る)のがとても美しいです。
写真を撮れないので 絵葉書を購入しました。
リフレクションが美しい寺院はいくつか見てきましたが こちらもほんと見事です。
HPで見ることができますよ。ぜひぜひ。
枯山水のお庭や 池泉回遊式のお庭も美しいので 客殿に座ってのんびり時間を過ごすのがいいです。
多動な私も10分は座っていました。

ネット情報です。
山号は岩倉山 宗旨宗派は天台宗単立 ご本尊は不動明王 創建年は寛喜元年(1229年) 開山は静基です。
鎌倉時代の寛喜元年(1229年) 静基僧正により開基された。
当初は現在の京都市北区紫野にあったが 上京区今出川小川(現・実相院町)に移転する。
その後応仁の乱を逃れるため文明6年(1474年) 園城寺の別院・大雲寺に隣接する塔頭成金剛院の跡地である現在地に移転する。
しかし室町時代末期までに多くの堂舎が戦火で焼失した。
江戸時代初期に室町幕府将軍であった足利義昭の子義尋と古市胤子との子である義尊が入寺し門主となっている。
なお 弟の常尊は円満院門主であり また母の胤子は義尋没後に後陽成天皇の後宮となって子をもうけ 後に聖護院門主道晃法親王となったので天台宗寺門派(天台寺門宗)三門跡はすべてこの兄弟が門主に就任し 統括している。
皇室との関係は深く また江戸幕府将軍徳川家光より援助を受けて義尊は実相院を再建していった。
以後当院の代々の住職は皇室と繋がりのある人物が務めた。
本堂は東山天皇の中宮 承秋門院の女院御所を移築したもので 四脚門・車寄せも御所より移築されたものである。
幕末には岩倉具視も一時ここに住んでおり 当時の密談の記録などが残されている。
明治時代になると古市胤子が北岩倉に創建した日蓮宗の證光寺を合併している。
1952年(昭和27年) 天台寺門宗から独立する。

実相院門跡(京都府)

四脚門

実相院門跡(京都府)

寺号標

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