ほうどじ|浄土宗知恩院派|八幡山
報土寺のお参りの記録一覧
京都市上京区の大きくない寺社巡りです。北野天満宮からは少し離れました。
中立売通という大きな通りから少し南に入った所にあります。
京都市は看板型の由緒書を立ててくださっています。
こちらにもその由緒書があったのですが あいにく山門は閉じられていて 境内に入れませんでした。
と言いつつ 駐車場の入口から中の様子はよく見えます。
平安時代859年 行教(ぎょうきょう)が真言宗の寺として創建したと言われています。
その後 応仁の乱などにより堂宇は荒廃しましたが 永禄2年(1559) 選誉照阿(せんよしょうあ)により 浄土宗の寺院として相国寺惣門の東南に再興されました。
界隈の西陣の四番町 隣接する五番町は かつて遊郭として栄えた地です。
引き取り手のない遊女遺骸を弔っていたことから「投げ込み寺」と呼ばれていたそうです。
浄土宗知恩院派 ご本尊は阿弥陀如来像です。
山門は閉じられていました
京都市でよく見る由緒書
駐車場越しに本堂らしき建物
京都アーカイブス 25
平成29年11月参拝。
京都市営バス「千本中立売」バス停下車。仁和寺街道沿い徒歩5分。浄土宗寺院。ご本尊は阿弥陀如来です。
859年行教の創建。江戸時代、この界隈は北野、上七軒の「花街」で賑わい、花街で働きながら命を落とした女性たち
のうち身寄りの無い亡骸を引き取って弔ったそうです。そこから別名「投げ込み寺」と云われています。
秋季京都非公開文化財寺院の特別公開だったので、普段の公開はあまり無いかなと思います。
駒札です。
山門です。
地蔵堂です。
地蔵堂内の「腹帯地蔵尊」です。
洛陽四十八願地蔵の札所です。
井戸跡には「照福院」が刻まれています。
「照福院」」は黒田官兵衛の妻である光姫が建てた塔頭です。
のちに統合されており、光姫のお墓はこちらに眠っています。
遊女観音です。
本堂です。
中でお参りが出来て、秘仏であるご本尊の阿弥陀如来像が公開されていました。
ちなみに普段は、京都国立博物館に寄託保管されています。
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