御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方
【サポーター特典】幸せと健康を毎月ご祈願
100年後に神社お寺を残せる未来へ

ごつちみかどてんのうこうきゅう ぞうこおうたいごうちょうし(あさこ)はんじゅういんのみささぎ

後土御門天皇後宮 贈皇太后朝子般舟院陵
京都府 北野白梅町駅

後土御門天皇後宮 贈皇太后朝子般舟院陵の情報

住所京都府京都市上京区般舟院前町
行き方

後土御門天皇後宮 贈皇太后朝子般舟院陵の基本情報

名称後土御門天皇後宮 贈皇太后朝子般舟院陵
読み方ごつちみかどてんのうこうきゅう ぞうこおうたいごうちょうし(あさこ)はんじゅういんのみささぎ

詳細情報

ご本尊後土御門天皇後宮 贈皇太后朝子他
宗旨・宗派-
ご由緒

かつて般舟院(はんしゅういん、はんじゅういん)という寺院があった場所です。「般舟院」は、山号を指月山、正式名称を「般舟三昧院(はんじゅざんまいいん)」という天台宗延暦寺派の寺院です。
室町時代の1464年、後土御門天皇(1442-1500)は即位後、指月の里伏見殿に寺を創建して勅願寺としました。伏見殿は後土御門天皇が幼少の頃を過ごした離宮です。般舟三昧法を修したことから寺名となりました。また、当初は天台、真言、律、禅の四宗兼学道場に擬して造られたので、「禁裏道場」とも呼ばれました。寺は歴代二尊院住持により兼帯され、後花園天皇(1428-1464)など四天皇の分骨所になり、1492年典侍・庭田朝子を葬った後は多くの皇妃の墓が建てられました。
庭田朝子は後土御門天皇に寵愛され、後柏原天皇、尊伝入道親王の生母となり、後に皇太后宮の称号が贈られました。
安土・桃山時代の1595年豊臣秀吉の伏見築城に伴って、般舟院は現在地(大歓喜寺の旧地)に遷されました。この般舟院陵は般舟院とともに伏見から遷されたものとみられています。
般舟院陵には天皇や皇室の墓が20基(宝篋印塔、宝塔、無縫塔)あり、そのうち6基が治定外だそうです。贈皇太后・庭田朝子の陵、後花園天皇、後土御門天皇、後奈良天皇などの分骨塔、嘉楽門院藤原信子(後花園天皇典侍で後土御門天皇母)、豊楽門院藤原(勧修寺)藤子(後柏原天皇典侍で後奈良天皇母)などの塔があります。

体験
「みんなでつくる御朱印・神社お寺の検索サイト」という性質上、掲載されている情報の正確性は保証されませんので、必ず事前にご確認の上ご利用ください。
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

ホトカミのデータについて

ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。

ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。

御朱印背景
NEWSLETTER

最新の限定御朱印情報が届く!

御朱印メルマガを受け取ろう

※購読はいつでも解除できます。利用開始をもって利用規約プライバシーポリシーに同意したものとみなします。
This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy andTerms of Service apply.
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!
行きたい
行った
お問い合わせ

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ