御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

編集詳細

2026年03月20日(金) 20時42分 bysoo_cyan

履歴一覧へ戻る
ご由緒
編集後
 今出川通沿い、般舟院前町の嘉楽中学校前に、「禁裏道場蹟」の大石碑が立つ。その北に、かつて、「般舟院)」、正式には「般舟三昧院」があった。近代以前は、「御黒戸四箇院」と呼ばれ、宮中の仏事を司る寺院四寺(ほかに廬山寺[上京区] 、二尊院[右京区] 、遣迎院[北区] )の一つになっていた。
 1464年(応仁・文明の乱の後とも)、第103代・後土御門天皇が即位後、二尊院の善空により菩薩大戒を受け、指月の里伏見殿に堂宇を建て勅願寺にした。当初は天台、真言、律、禅(浄土とも)の兼学だった。寺は歴代二尊院住持により兼帯される。般舟三昧法を修したことから寺号になる。第102代・後花園天皇(1428-1464)など四天皇の分骨所になる。
 天正年間(1573-1592)、豊臣秀吉の伏見築城に伴い、大歓喜寺旧地の現在地(千本今出川)に移る。その後も、禁裏道場として皇室歴代の尊牌を安置した。江戸時代に入り亡くなった歴代天皇は泉涌寺に葬られ、追善法要は当院で修された。
 神仏分離令後の廃仏毀釈時、太政官布告により、泉涌寺、般舟院以外での菊の紋章使用が禁じられている。しかし1876年、官令により、寺の維持に適性を欠いたとして、歴代皇室の尊位牌は泉涌寺に遷され、寺地は嘉楽小学校の校地になる。以後、宮内庁からの保護料下付も停止になる。かつて広大な境内を有した寺地も縮小を余儀なくされた。
 2011年11月、般舟院の土地と建物は競売により、他の法人に所有権が移り、仏像2体(重文)も他の寺院に遷された。
 2018年現在、西圓寺という単立の寺院となっている。
ご祭神/ご本尊
編集後
阿弥陀如来
山号
編集後
指月山
院号
編集後
般舟院
創立
編集前
康和年間(1099-1104)
編集後
1464年
創始者/開山・開基
編集前
藤原基頼
編集後
後土御門天皇 開山:恵徳上人善空
中興の祖
編集前
後土御門天皇
Wikipedia
編集後
2475147