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智積院ではいただけません
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智積院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年03月24日(木)
【智積院】
‐桃山時代から江戸時代の転換の象徴、隠れた紅葉の名所‐
●概要
山号:五百佛山(いおぶさん)
開山:玄宥(げんゆう)
宗派:真言宗智山派総本山
●歴史
この地にはもともと「祥雲禅寺」というお寺がありました。
祥雲禅寺は豊臣秀吉が亡くなった子・鶴松の3回忌の冥福を祈り、1593年に創建したお寺です。1598年に豊臣秀吉が亡くなると、1600年に徳川家康が紀州(和歌山)根来寺の玄宥に、祥雲禅寺のあったこの地を寄進します。根来寺は元は紀州にあったお寺でしたが、教育的役割を担っていたことや、大量の鉄砲や多くの僧兵を抱える軍事的な一面があったこと、そして地域支配と深く結びついていた宗教勢力であることから、秀吉に敵対視され、1585年に根来寺は焼き払われてしまいます。
根来寺にいた玄宥は一時、高野山へ逃れ、根来寺再興を強く望んでいましいた。祥雲禅寺の地を寄進された玄宥は境内に「五百佛山根来寺智積院」というお堂を建立し、根来寺を再興します。
以後、江戸幕府から厚い庇護を受け、運敞僧正(うんしょう)が智山教学を確立するなど、真言宗の教学の寺として学僧たちが多く集まり繁栄していきます。しかしながら、幾多の火災に見舞われたり、幕末期には土佐藩の屯所になるなどして衰えることもありましたが、1900年に智積院が真言宗智山派の総本山に定められ、戦後には次々と伽藍が再建されています。
智積院は自然豊かな寺院で、寺紋にも用いられている桔梗が参道を彩ります。
●境内
▶金堂
東山七条の交差点を南へ少し下ったところにある智積院のロータリーから境内へ入り、石畳の道を進んでいくと正面に見えてくる鉄筋コンクリートの大きな建物が、智積院の中心的なお堂の金堂です。
金堂は最初、1705年に桂昌院の寄進により建てられますが、その後幾多の火災に見舞われ、焼亡を繰り返します。現在のお堂は、昭和50(1975)年に宗祖・弘法大師空海の生誕1200年の記念事業として再建されたものです。堂内には本尊の大日如来像が安置されています。毎朝の勤行や多くの法要は、この金堂で行われます。早朝や夕方になると美しい声明が聞こえてきます。
▶あじさい園
金堂の裏にある紫陽花の名所。
色とりどりの紫陽花の花が京都の梅雨を彩ります。
▶総門
東山七条の交差点の正面に立つ総門。東福門院より移築されたと伝えられています。
▶鐘楼堂
ロータリーから右手の細い道を進むとある大きな鐘楼。「智専の鐘」といい、1998年に寄進されたものです。
▶青葉まつり
6月15日に行われる祭事で、正式名称を「両祖大師御生誕慶祝法要」と言います。
宗祖・弘法大師空海上人と中興の祖・興教大師の誕生を祝う行事で、金堂の前の柴燈護摩道場にて大護摩供法要が行われるなど、境内が一層華やかになります。
この日は無料で講堂や大書院を拝観することができます。
▶もみじ
智積院は隠れたもみじの名所。境内にはたくさんのもみじの木が植えられています。
真っ赤に燃える秋の紅葉はもちろん、初夏の青もみじがとても美しいお寺です。
▶障壁画
智積院が所蔵する金碧障壁画、国宝の「桜図」と「楓図」。
長谷川等伯とその息子・久蔵によって描かれました。
最初に久蔵が桜図を描きますが、その後久蔵が26歳の若さで急死してしまいます。悲しみに暮れた等伯でしたが、久蔵の死を乗り越え、久蔵の描いた「桜図」と対するように「楓図」を描きます。
当初、この障壁画は豊臣秀吉が建てた祥雲禅寺の客殿にありましたが、祥雲禅寺の地を徳川家康から寄進された際に共に譲り受けたものです。
「桜図」には貝殻の粉が使われており、暗くなると白く塗られた桜の花びらが浮かび上がるように工夫されています。
▶庭園(名勝)
書院前に広がる池泉鑑賞式庭園。書院の縁側から眺めることができます。楕円形の池が中央に広がり、奥にはツツジやサツキが植えられた築山があります。1674年に修築され、築山は「廬山」を、池は「長江」をモデルにしていると伝えられています。
こちらのお庭も豊臣秀吉が建立した祥雲禅寺にあったお庭で、障壁画と同様に譲り受けたものです。「利休好みの庭」と伝えられるこの庭園は、東山随一の庭と言われるほどの庭です。
お庭が見れる大書院には長谷川派の「桜図」「楓図」が飾られています(現在はレプリカ、本物は宝物館に)。
▶宸殿
大書院の奥にある建物。
堂本印象が描いた「婦女喫茶図」や「松桜栁の図」などの障壁画が飾られています。通常非公開。京の冬の旅などで特別公開されることも。
‐桃山時代から江戸時代の転換の象徴、隠れた紅葉の名所‐
●概要
山号:五百佛山(いおぶさん)
開山:玄宥(げんゆう)
宗派:真言宗智山派総本山
●歴史
この地にはもともと「祥雲禅寺」というお寺がありました。
祥雲禅寺は豊臣秀吉が亡くなった子・鶴松の3回忌の冥福を祈り、1593年に創建したお寺です。1598年に豊臣秀吉が亡くなると、1600年に徳川家康が紀州(和歌山)根来寺の玄宥に、祥雲禅寺のあったこの地を寄進します。根来寺は元は紀州にあったお寺でしたが、教育的役割を担っていたことや、大量の鉄砲や多くの僧兵を抱える軍事的な一面があったこと、そして地域支配と深く結びついていた宗教勢力であることから、秀吉に敵対視され、1585年に根来寺は焼き払われてしまいます。
根来寺にいた玄宥は一時、高野山へ逃れ、根来寺再興を強く望んでいましいた。祥雲禅寺の地を寄進された玄宥は境内に「五百佛山根来寺智積院」というお堂を建立し、根来寺を再興します。
以後、江戸幕府から厚い庇護を受け、運敞僧正(うんしょう)が智山教学を確立するなど、真言宗の教学の寺として学僧たちが多く集まり繁栄していきます。しかしながら、幾多の火災に見舞われたり、幕末期には土佐藩の屯所になるなどして衰えることもありましたが、1900年に智積院が真言宗智山派の総本山に定められ、戦後には次々と伽藍が再建されています。
智積院は自然豊かな寺院で、寺紋にも用いられている桔梗が参道を彩ります。
●境内
▶金堂
東山七条の交差点を南へ少し下ったところにある智積院のロータリーから境内へ入り、石畳の道を進んでいくと正面に見えてくる鉄筋コンクリートの大きな建物が、智積院の中心的なお堂の金堂です。
金堂は最初、1705年に桂昌院の寄進により建てられますが、その後幾多の火災に見舞われ、焼亡を繰り返します。現在のお堂は、昭和50(1975)年に宗祖・弘法大師空海の生誕1200年の記念事業として再建されたものです。堂内には本尊の大日如来像が安置されています。毎朝の勤行や多くの法要は、この金堂で行われます。早朝や夕方になると美しい声明が聞こえてきます。
▶あじさい園
金堂の裏にある紫陽花の名所。
色とりどりの紫陽花の花が京都の梅雨を彩ります。
▶総門
東山七条の交差点の正面に立つ総門。東福門院より移築されたと伝えられています。
▶鐘楼堂
ロータリーから右手の細い道を進むとある大きな鐘楼。「智専の鐘」といい、1998年に寄進されたものです。
▶青葉まつり
6月15日に行われる祭事で、正式名称を「両祖大師御生誕慶祝法要」と言います。
宗祖・弘法大師空海上人と中興の祖・興教大師の誕生を祝う行事で、金堂の前の柴燈護摩道場にて大護摩供法要が行われるなど、境内が一層華やかになります。
この日は無料で講堂や大書院を拝観することができます。
▶もみじ
智積院は隠れたもみじの名所。境内にはたくさんのもみじの木が植えられています。
真っ赤に燃える秋の紅葉はもちろん、初夏の青もみじがとても美しいお寺です。
▶障壁画
智積院が所蔵する金碧障壁画、国宝の「桜図」と「楓図」。
長谷川等伯とその息子・久蔵によって描かれました。
最初に久蔵が桜図を描きますが、その後久蔵が26歳の若さで急死してしまいます。悲しみに暮れた等伯でしたが、久蔵の死を乗り越え、久蔵の描いた「桜図」と対するように「楓図」を描きます。
当初、この障壁画は豊臣秀吉が建てた祥雲禅寺の客殿にありましたが、祥雲禅寺の地を徳川家康から寄進された際に共に譲り受けたものです。
「桜図」には貝殻の粉が使われており、暗くなると白く塗られた桜の花びらが浮かび上がるように工夫されています。
▶庭園(名勝)
書院前に広がる池泉鑑賞式庭園。書院の縁側から眺めることができます。楕円形の池が中央に広がり、奥にはツツジやサツキが植えられた築山があります。1674年に修築され、築山は「廬山」を、池は「長江」をモデルにしていると伝えられています。
こちらのお庭も豊臣秀吉が建立した祥雲禅寺にあったお庭で、障壁画と同様に譲り受けたものです。「利休好みの庭」と伝えられるこの庭園は、東山随一の庭と言われるほどの庭です。
お庭が見れる大書院には長谷川派の「桜図」「楓図」が飾られています(現在はレプリカ、本物は宝物館に)。
▶宸殿
大書院の奥にある建物。
堂本印象が描いた「婦女喫茶図」や「松桜栁の図」などの障壁画が飾られています。通常非公開。京の冬の旅などで特別公開されることも。
ロータリー前に建つ冠木門(かぶきもん)
雪化粧をした智積院
金堂
青もみじが美しい!
秋の紅葉も見事です。私が京都の中で一番紅葉が美しいと思う場所です。
鐘楼堂
あじさい園のあじさい。
梅雨の憂鬱な気分も吹き飛ばしてくれる美しいあじさい園が広がります。
梅雨の憂鬱な気分も吹き飛ばしてくれる美しいあじさい園が広がります。
参道横に咲き誇る桔梗
すてき
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。