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2026年05月27日(水) 23時29分 bysoo_cyan
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605-0044
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平安時代末期、義経(遮那王・牛若丸)は鞍馬山を離れ、平家打倒を胸に秘め金売吉次とともに奥州へ向かう途中、日ノ岡峠に差し掛かりました。行く手から馬に乗った平家の関原与一ら九人の一団とすれ違った時、一団に一人が誤って泥水を蹴り上げ義経の衣服を汚してしまいました。謝ることなく通り過ぎた一団の無礼に怒った義経は、九人を切り殺したと伝えられます。(異本義経記より) 切り殺された九人の菩提を弔うために村人が九体石仏を安置しました。また異説では、九人を切り殺した後、我にかえった義経が自分の行為を悔やみ、村人に菩提を弔うよう頼んで旅を続けたとも伝えられます。九体の内、一体がここに祀られています。 此の地はもと九体町と呼ばれていて、花入れには義経大日如来と刻まれています。 蹴上の地名は、この馬の蹴り上げか、力を入れて蹴り上げる「蹴り上げ」が由来と伝えられています。