ろくはらみつじ|真言宗智山派|補陀洛山
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楽しみ方六波羅蜜寺のお参りの記録一覧
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六波羅蜜寺のご利益は、主に金運・財運、そして勝運です。これは、弁財天が金運・財運の神であること、そして源義経が勝負の前に不動明王に祈願したことに由来します。また、弁財天は芸能の神としても信仰されており、学問、音楽、技芸、美などにもご利益があるとされています。
弁財天の縁日「巳の日」に参拝する。
12日ごとに訪れる巳の日は弁財天のご縁日であり、特に金運・財運に良いとされています。
真言宗智山派の寺院。
山号は補陀洛山。
本尊は十一面観音。
創建者は空也上人。
西国三十三所第17番札所。洛陽三十三所観音霊場第15番札所。
空也上人について
観想を伴わず、ひたすら「南無阿弥陀仏」と口で称える称名念仏(口称念仏)を日本において記録上初めて実践したとされ、日本における浄土教・念仏信仰の先駆者と評価される。
摂関家から一般大衆に至るまで幅広い層・ことに出家僧に向けてではなく世俗の者に念仏信仰を弘めたことも特徴である。空也流の念仏勧進聖は鎌倉仏教の浄土信仰を醸成したとされる。
俗に天台宗空也派と称する一派において祖と仰がれるが、空也自身は複数宗派と関わりを持つ超宗派的立場を保ち、没後も空也の法統を直接伝える宗派は組織されなかった。
よって、空也を開山とする寺院は天台宗に限らず、在世中の活動拠点であった六波羅蜜寺は現在真言宗智山派に属する(空也の没後中興した中信以降、桃山時代までは天台宗であった)。
踊念仏、六斎念仏の開祖とも仰がれるが、空也自身がいわゆる踊念仏を修したという確証はない。
ただし、空也が創建した六波羅蜜寺には「空也踊躍念仏」が受け継がれており、国の重要無形文化財に指定されている。
門弟は、高野聖など中世以降に広まった民間浄土教行者「念仏聖」の先駆となり、鎌倉時代の一遍に多大な影響を与えた。
YouTubeには幽霊子育て飴の動画もおまけ映像として収録しました。
🙏😌🌿奉拝




ここの宝物殿はもう美術品の宝庫。誰しも一度は写真等で見たような作品がズラリと展示されています。
特に空也上人と清盛の像は圧巻です。
清盛像に関してはあの目が怖い。あんな顔をしていたとしたら余程眼力のある人だったんだろうと思いますね。
実はこれ、「伝平清盛公座像」なんです。でも清盛が死んで10年そこらの時代、彼をモデルにしたという話もあるので、清盛の顔であった可能性が高いんだそうです。
最近の写真を見たんですが、手に持っていた巻物が・・・?青い??
昔見た(子供の頃なので結構昔です)清盛の持っていた巻物は本当の巻物で、数珠を持っていたんですが、数珠は・・・?ってなりました。
そうそう、今もそうなのか分からないのですが、お堂の前の石の入れ物に小石が沢山入ってたのですが、これ願い事を書かれた小石だったんです。
実は写真に撮らなかったんですが(惜しい事をした)一人どなたか簡単なラインで空也上人をお描きになられてて、それが実に上手!
さらさらと描いてあるのに本当に上手で変な声を出してしまった思い出が(苦笑)
掲載写真は2005年、2004年
「阿古屋塚」(手前)と「平清盛公乃塚」(奥)この塚はかつて五条坂に住んでいた遊女「阿古屋」の菩提を弔うために鎌倉時代に建てられたもので、下の台は石棺の石蓋といわれている。阿古屋については浄瑠璃『阿古屋の琴責め』で次のようにかたられているという。
平家の残党である景清の行方を探すため、代官畠山重忠は景清の恋人である遊女阿古屋を捕らえる。阿古屋は景清の所在を知っていたが、阿古屋が弾かせられた三味線や琴の調べに一点の乱れもなかったことに畠山重忠は感動し、彼女は釈放される。
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