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2026年06月11日(木) 00時36分 bysoo_cyan
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矢取地蔵尊
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矢取地蔵寺
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やとりじぞうそん
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やとりじぞうじ
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矢取地蔵尊、矢負地蔵
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天長2年(824年)日照り続きで人々は飢えと乾きに苦しんでいました。 この状況を見た淳和天皇は、勅命を出して東寺の空海(弘法大師)と西寺の守敏(しゅびん)僧都に雨乞いをおこなわせました。 先に祈祷を行ったのは守敏、しかし雨が降ることはありませんでした。 一方空海が祈祷を行うと、三日三晩にわたって雨が降り続け、大地を潤すこととなりました。 このことで空海に恨みを持った守敏は、羅城門近くで待ち伏せをして空海に矢を放ちました。 その矢はどこからともなく現れた黒衣の僧にあたって空海は難を逃れました。 人々は身代わりになった地蔵を矢取りの地蔵とよび、羅城門の跡地であるこの地に地蔵尊をたてて長らく敬まってきました。 現在の地蔵堂は明治18年(1885年)に唐橋村(八条村)の人々が寄進したものです。