だいごじ(かみだいご)|真言宗醍醐派総本山|深雪山
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楽しみ方醍醐寺(上醍醐)のお参りの記録一覧
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(過去参拝)
西国三十三所観音霊場巡礼(1巡目) 第十一番札所
真言宗醍醐派 深雪山 上醍醐・准胝堂(醍醐寺)
に参拝しました。
貞観16年(874)、理源大師聖宝は山上に庵を結んで准胝、如意輪の両観音を祀られ、醍醐寺が始まりました。上醍醐准胝堂が札所でしたが、平成20年(2008)に落雷⚡️が原因で焼失してしまいました。
今は、准胝堂の遥拝所として、准胝観世音菩薩さまを下醍醐観音堂にて祀られています。
上醍醐へ行くには、女人堂を過ぎて山に入ります。
途中、豊臣秀吉公が、約1300人の女房衆を連れて、醍醐の花見を行った跡も見れるそうですが、長い石段を上り、約1時間歩かなくてはならないと聞き、申し訳ない気持ちでしたが、登ることは断念しました。普通に1時間かかる、ということは、私の脚力では、倍以上かかると予測しましたので、やはりやめておきました。😓
4番札所の施福寺さんで、自分の脚力の無さを痛感したので、少しは鍛えてからでないと、辿り着けないような気がしました。😓
情け無いことです。お恥ずかしい😓
上醍醐には、厳しい山道を上り切った者だけが頂ける、醍醐寺発祥の醍醐水の井戸の美味しいお水、五大堂や約1100年前に創建、平安時代に再建された国宝・薬師堂など、見応えのある堂宇もあるそうで、頑張って登れたら拝観できたのに…残念でした。上醍醐に向かって、険しい道を一歩一歩進みながら、自分の心を省みることもできたであろうと思うと、勿体無いことをしたと、反省しました。
下醍醐には、観音堂の他、五重塔などがあります。
春は桜🌸のお花見で、たくさんの参拝者で賑わうようです。またその頃にも参拝したいものです。☺️🙏🏻


西国33所巡礼で参拝。11番札所。
35巡目で本来の札所であった上醍醐に初めて登った。ここに札所があったらここまで西国は廻っていなかったであろう。
かつては西国最大の難所と言われていたようだが、確かに西国の札所では一番厳しい。
本来の札所上醍醐准胝堂は醍醐山の山頂にあり、麓から往復2時間超の行程である。2008年に落雷で焼失したため、現在の札所は麓の観音堂に移されている。
上醍醐へは女人堂で入山料を払って登山になる。登山道は整備されており、歩きにくい所はないが、3km近い登りになるので楽ではない。
10分程登ると花見御殿跡がある。豊臣秀吉が催した醍醐の花見は上醍醐の参道の途中であるこの辺りで行われた。
更に15分程登ると不動の滝へ至る。この地点で約1/3くらいだろうか。
ここから30分程登ると突然下りに変わる。下り切った先に立派な建物が見えてくる。上醍醐寺務所と客殿を兼ねた摂受庵である。
こんな所によくこんな立派な建物を建てたものだと感心する。資材を運ぶだけでも一苦労だったろう。
ましてや、この背後に建つ上醍醐の諸堂は大昔に建てられているので、より苦労があったものと推察される。
諸堂の中で、まず目に入るのは醍醐寺の鎮守社である清瀧宮の拝殿。本殿は1088年創建、拝殿は1434年の再建であり拝殿は国宝指定されている。
醍醐寺の名前の由来となった醍醐水の閼伽井の裏手に、かつての西国33所11番札所准胝堂があった。
准胝堂跡の前には桂昌院殿寄進と刻まれた灯篭が建っている。跡地に再建予定地の看板が掲げられていた。
薬師堂は醍醐天皇の勅願により、913年に創建された。現在の建物は1121年の再建で国宝指定されている。
五大堂は醍醐寺の根本道場であり、913年に創建された。現在の建物は1940年の再建である。
如意輪堂は876年の創建。現在の建物は1606年に豊臣秀頼により再建されたもので重文指定されている。
開山堂は911年の創建。現在の建物は1606年に豊臣秀頼により再建されたもので重文指定されている。
山内をゆっくり廻ると所要約1時間程。山登りと合わせて半日を要する。
尚、現在の納経所は三宝院から観音堂に戻っている。
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