ふくしょうじ
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楽しみ方福勝寺のお参りの記録(2回目)
投稿日:2026年02月05日(木) 21時33分35秒
参拝:2026年1月吉日
「京の冬の旅」の特別公開で参拝しました。
京都市上京区にあるお寺です。
大河ドラマ「豊臣兄弟」にちなんで本堂が特別公開されています。
以前こちらに訪れた時には 山門に柵があって中に入っての参拝はできませんでした。
今回は本堂に入って参拝できました。
本堂中央には逗子の中ですがご本尊の薬師如来立像があり 50年に一度の開帳だそうです。
ちなみに次回は2034年5月だそうです。
右側には弘法大師像・金剛菩薩像・不動明王像 左側には観世音菩薩像などがあります。
隣の部屋は聖天堂です。
通常は歓喜天は円筒形の厨子の中で見られません。
如意宝珠もありました。
どちらも撮影可というのがありがたいです。
また 聖天堂前には 秀吉公座像と家康公座像 毎年節分に授与される宝珠尊融通御守がありました。
金ぴかの仏様が置かれていたので写真を撮ったのですが ガイドさんの話によると こちらは歓喜天だそうで 特別拝観にあわせてこちらに置いてあるとのことです。
本物?えらい金ぴかやな。新しい?
「こちらはすべて撮影可能です」
ははーありがたやありがたや。
掛け軸やらなにやら 全部撮らせていただきました。
特別拝観 本当にありがたいことです。
ネット情報です。
山号は竹林山
宗派は真言宗善通寺派
ご本尊は薬師如来(峰薬師)
創建年は不詳
開山は弘法大師
中興年は正嘉年間(1257年 - 1259年)
中興は覚済
別称ひょうたん寺
札所等は洛陽三十三所観音霊場第29番・京都十二薬師霊場第6番・通称寺の会(ひょうたん寺)です。
福勝寺は高祖弘法大師空海が 唐から帰国された後に 河内国古市郡中村(現在の大阪府羽曳野市)に開基されたと伝えられている。
その後 一時は荒廃しましたが 正嘉年間(1257年 - 1259年)に覚済僧正(別名・山本僧正)によって 京都油小路五条坊門に再建され 天文年間(1532年 - 1555年)以前に室町一条の地に移っている。
豊臣秀吉は当寺の歓喜天(聖天)を厚く信仰しており 出陣の度に武運長久を祈願して瓢箪を奉納していた。
そして 戦勝の後にはその瓢箪を持ち帰り 多数を繋ぎ合わせて「千成瓢箪」を作り 旗印にしたという。
当寺が別名「ひょうたん寺」と呼ばれるのは この話がもとになっているという。
慶長19年(1614年)から寛永4年(1637年)の間には春日京極の東の地(現・寺町通丸太町下る東側)に移動している。
また 歴代の天皇より帰依を受けたが 特に後陽成天皇と後西天皇により勅願寺とされている。
後西天皇より「観世音菩薩」の名号と紫宸殿の左近の桜の分木を下賜され 「桜寺」とも呼ばれている。
宝永5年(1709年)に現在地に移転した。
京都市上京区にあるお寺です。
大河ドラマ「豊臣兄弟」にちなんで本堂が特別公開されています。
以前こちらに訪れた時には 山門に柵があって中に入っての参拝はできませんでした。
今回は本堂に入って参拝できました。
本堂中央には逗子の中ですがご本尊の薬師如来立像があり 50年に一度の開帳だそうです。
ちなみに次回は2034年5月だそうです。
右側には弘法大師像・金剛菩薩像・不動明王像 左側には観世音菩薩像などがあります。
隣の部屋は聖天堂です。
通常は歓喜天は円筒形の厨子の中で見られません。
如意宝珠もありました。
どちらも撮影可というのがありがたいです。
また 聖天堂前には 秀吉公座像と家康公座像 毎年節分に授与される宝珠尊融通御守がありました。
金ぴかの仏様が置かれていたので写真を撮ったのですが ガイドさんの話によると こちらは歓喜天だそうで 特別拝観にあわせてこちらに置いてあるとのことです。
本物?えらい金ぴかやな。新しい?
「こちらはすべて撮影可能です」
ははーありがたやありがたや。
掛け軸やらなにやら 全部撮らせていただきました。
特別拝観 本当にありがたいことです。
ネット情報です。
山号は竹林山
宗派は真言宗善通寺派
ご本尊は薬師如来(峰薬師)
創建年は不詳
開山は弘法大師
中興年は正嘉年間(1257年 - 1259年)
中興は覚済
別称ひょうたん寺
札所等は洛陽三十三所観音霊場第29番・京都十二薬師霊場第6番・通称寺の会(ひょうたん寺)です。
福勝寺は高祖弘法大師空海が 唐から帰国された後に 河内国古市郡中村(現在の大阪府羽曳野市)に開基されたと伝えられている。
その後 一時は荒廃しましたが 正嘉年間(1257年 - 1259年)に覚済僧正(別名・山本僧正)によって 京都油小路五条坊門に再建され 天文年間(1532年 - 1555年)以前に室町一条の地に移っている。
豊臣秀吉は当寺の歓喜天(聖天)を厚く信仰しており 出陣の度に武運長久を祈願して瓢箪を奉納していた。
そして 戦勝の後にはその瓢箪を持ち帰り 多数を繋ぎ合わせて「千成瓢箪」を作り 旗印にしたという。
当寺が別名「ひょうたん寺」と呼ばれるのは この話がもとになっているという。
慶長19年(1614年)から寛永4年(1637年)の間には春日京極の東の地(現・寺町通丸太町下る東側)に移動している。
また 歴代の天皇より帰依を受けたが 特に後陽成天皇と後西天皇により勅願寺とされている。
後西天皇より「観世音菩薩」の名号と紫宸殿の左近の桜の分木を下賜され 「桜寺」とも呼ばれている。
宝永5年(1709年)に現在地に移転した。

「京の冬の旅」特別公開の看板

庫裡側の山門

本堂側の山門

本堂

内陣

正面から

ご本尊は逗子の中

脇仏右側

脇仏左側

聖天堂

聖天堂内陣 歓喜天は厨子の中

秀吉公像

家康公像

宝珠尊融通御守

フラッシュなし

フラッシュあり 金ぴかがわかりますね

薬師如来の掛け軸

観世音菩薩の掛け軸

牛皮華鬘(ごひけまん)





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