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岩上神社のお参りの記録一覧
京都府 今出川駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年01月09日(金)3190投稿

京都市上京区にある神社です。
法華宗総本山本隆寺の裏手にあります。
民家の前にあり 周りは駐車スペースになっていました。
鳥居も手水舎も覆屋もあり 由緒書の駒札もあります。
御神体は岩です。

由緒書には
伝えによれば 二条堀川付近にあった霊石が六角通(岩上通六角辺り)に遷され 更に中和門院(後陽成天皇の女御の一人で後水尾天皇の母)の屋敷の池の畔に遷されると怪異な現象が起きたという。
吼え出したり すすり泣いたり 子供に化けたり の類である。
子供に化けたという伝説に因んで「禿童石」と呼ばれたこともあったという。
持て余した女官たちが遂にたまりかねて蓮乗院という真言宗の僧を召したところ 彼はその石を貰い受け 現在地に遷して祀ったという。
その際に「有乳山 岩上寺」と称した。
以降 授乳 子育て の信仰を集め 地元では「岩上さん」と親しみを込めて呼ばれている。
寺は享保十五年(一七三〇)の大火事「西陣焼け」で堂舎が焼かれ 天明八年(一七八八)の「天明の大火」では荒廃の極みに達した。
明治維新の際には廃寺となったが 大正年間に織物業の千切屋が敷地内に祠を構え 以降「岩上神社(岩上祠)」となって今に至る。
数奇な運命を経た霊石だけは昔の姿そのままで現在に伝わる。
と書かれています。

帰り道 何気なく見上げた空に低い雲が流れていて それが龍の頭のように見えました。
時間とともにその龍が口を開け 声を発するかのようになりました。
龍神様の御姿だと勝手に決めつけて写真を撮りました。

岩上神社(京都府)

帰り道 雲が口を開けた龍に見えた

岩上神社(京都府)

鳥居も覆屋もあります

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花散里
花散里
2024年11月08日(金)842投稿

西陣の石畳をぶらぶら歩いていて出会った神社。
お社は無く、鳥居と摩訶不思議な霊石だけがありました。
なんか、こう地域密着型のお宮さんてイイヨネ😊

岩上神社(京都府)

西陣浄福寺通り
石畳の道を歩いていると機織りの音がきこえてきます。

岩上神社(京都府)

そんないっかくに木の繁っているトコがあって、近づいてみるとお宮さんなのでした。

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年07月23日(火)3190投稿

京都市上京区にある神社です。
本隆寺の裏手 住宅街の中にちょこんとあります。
こちら 有名な神様ではなく 霊石です。
大きさは1m×2mぐらいでしょうか。焼け跡のような色も見られます。

由緒については
伝えによれば 二条堀川付近にあった霊石が六角通に遷され 更に中和門院(ちゅうわもんいん)陽成天皇の女御の一人で後水尾天皇の母の屋敷の池の畔に遷されると怪異な現象が起きたという。
吼え出したり すすり泣いたり 子供に化けたり の類である。
子供に化けたという伝説に因んで 「禿童(かむろ)石(いし)」と呼ばれたこともあったという。
持て余した女官たちが遂にたまりかねて蓮乗院という真言宗の僧を召したところ 彼はその石を貰い受け 現在地に遷して祀ったという。
その際に 「有乳(うにゅう)山 岩上寺」と称した。
以降 授乳 子育て の信仰を集め 地元では「岩上さん」と親しみを込めて呼ばれている。
寺は享保15年(1730)の大火事「西陣焼け」で堂舎が焼かれ 天明8年(1788)の「天明の大火」では荒廃の極みに達した。
明治維新の際には廃寺となったが 大正年間に織物業の千切屋が敷地内に祠を構え 以降「岩上神社」となって今に至る。
数奇な運命を経た霊石だけは昔の姿そのままで現在に伝わる。
とありました。

岩上神社(京都府)

鳥居と岩上様

岩上神社(京都府)

由緒書

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