けんにんじ|臨済宗建仁寺派大本山|東山
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楽しみ方建仁寺(建仁禅寺)のお参りの記録一覧
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雨の京都💧
100均でビニール傘550円を購入して歩いて向かいました。
境内はそんなに混んでいないように見えますが、こちらのお寺さんは風神雷神の屏風などを観るためには拝観料800円を納めて本坊からの入館が必要です。
ほぼみんなが入館しているようです。
玄関で靴を脱いで中に入ると係の人が、中の写真は撮っていーですよーって案内してくれてました。中では風神雷神をはじめ、庭園や襖絵などをみることができます。
天井の双龍図はホントに見事で長く見ていたかったけど、あんまり居ると他の皆さんにもご迷惑になるので、早々に移動しました。数年前に訪れた天龍寺では、中で座れたので30分くらいは見ていたと思います。
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建仁寺は建仁二年(1202年)将軍源頼家が寺域を寄進し栄西禅師を開山として宋国百丈山を模して建立されました。元号を寺号とし、山号を東山(とうざん)と称します。
創建時は真言・止観の二院を構え天台・密教・禅の三宗兼学の道場として当時の情勢に対応していました。
その後、正嘉元年(1258年)東福寺開山円爾弁円(えんにべんえん)が当山に入寺し境内を復興、禅も盛んとなりました。
正元元年(1259年)宋の禅僧、建長寺開山蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が入寺してからは禅の作法、規矩(禅院の規則)が厳格に行われ純粋に禅の道場となりました。
やがて室町幕府により中国の制度にならった京都五山が制定され、その第三位として厚い保護を受け大いに栄えます。
その後、天文の大火により諸塔頭及び法堂が焼失したが、ようやく慶長4年(1599年)安国寺恵瓊(あんこくじえけい)が方丈を移築し復興が始まり、徳川幕府移行後も保護を受け堂塔が再建修築され、制度や学問が整備されます。
明治に入り政府の宗教政策等により臨済宗建仁寺派としての分派独立、建仁寺はその大本山となります。
また廃仏毀釈、神仏分離の法難により塔頭の統廃合が行われ、余った土地を政府に上納、境内が半分近く縮小され現在にいたります。
〜公式サイトより抜粋〜
やはり、禅寺はピリッとした雰囲気があって良いですね。風神雷神図屏風は、少し残念でしたが、その分、庭園をゆっくり観賞させていただき、心穏やかな時間を過ごすことができ感謝です🙏
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