せいしんいん|真言宗泉涌寺派|華嶽山
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楽しみ方誠心院(東北寺誠心院)のお参りの記録一覧

京都市中京区にあるお寺です。
妻と義母がお買い物している間の参拝です。
誓願寺から新京極商店街を少し下ったところに山門がありますが 見落としてしまうかもしれない門です。
こちらは和泉式部に縁のあるお寺です。
新京極8社寺の一つです。
ポスターが額に入れられて置かれているのですが 写真の人物が和泉式部なのか?と二度見してしまいました。
初代住職(和泉式部)の木像の写真なのですが 剃髪されていて顔が少し白塗りで 女性といえば女性にも見えますが 恋多き女性として有名な和泉式部のお顔とは想像しにくいからです。
これは偏見か。
和泉式部は 近くでは誓願寺も縁のあるお寺として有名ですし 兵庫県姫路市では西国巡礼でも有名な圓教寺も縁のあるお寺です。
そういえば圓教寺では 和泉式部の物語が看板にかかれてロープウェイ駅の近くに並んでいました。
こちら誠心院では 山門をくぐった場所に 和泉式部の晩年が7枚の絵に描かれていました。
本堂前に顔はめのパネルがあり 外国の母子が参拝されて嬉しそうに写真を撮っていました。
外国にも顔はめのパネルってありますもんね。
ちなみに本堂の内陣は見られません。
お参りがすみましたら 本堂裏手の庫裡に伺います。
墓所の横を通るので こちらで御朱印をいただけると知っている方でなければ 裏にはまわらないでしょうね。
奥様が対応してくださり 和泉式部の御朱印をいただきました。
ネット情報です。
山号は華嶽山 宗派は真言宗泉涌寺派 ご本尊は阿弥陀如来 開山は専意法尼(和泉式部) 開基は藤原道長です。
「誓願寺縁起」によると 万寿2年(1025年)に和泉式部は娘である小式部内侍を失った。
そして 和泉式部は娘の菩提を弔いつつ自らの往生も考えるようになり 播磨国書写山圓教寺の性空上人を訪ねることとした。
そこで女人往生のすべを乞い 京都に戻って性空上人の教えをもとに誓願寺に入ると 本尊の阿弥陀如来に帰依して出家し 専意法尼という戒名を授かったという。
次に当寺の寺伝によると 万寿4年(1027年)に専意法尼(和泉式部)が長年仕えてきた上東門院(藤原彰子)が 父の藤原道長に専意法尼のために一宇を建立すように勧めると 道長は法成寺の塔頭で建立中の東北院の一角(現・京都御所の東、荒神口辺り)にお堂・小御堂を建立して「東北院誠心院(じょうしんいん)」と名付け 専意法尼を初代住職とさせた これが誠心院の起こりであるという。
鎌倉時代には現在の小川通一条上ル誓願寺の南に移転し この頃に泉涌寺の末寺となったようである。
その後 天正年間(1573年 - 1592年)に豊臣秀吉の命を受けた山口甚介秀康により 現在地である寺町六角下ルに移転している。
1910年(明治43年) 近隣で火災が発生して蔵を残してすべてが焼失するが 1919年(大正8年)に本堂が再建されている。

店と店の間に山門

由緒書

鈴成り輪

門をくぐると提灯通り

和泉式部ってこんな顔?じゃないよね

和泉式部晩年の物語

一遍上人の和泉式部との出会い物語

寺号標

古い由緒書

本堂

観音菩薩様がずらり

2024年の参拝です。新京極の誠心院へお参りしました。

誠心院の御朱印を直書きでいただきました。

誠心院の山門になります

本堂と顔出しパネルです。この顔出しパネルは新京極の各寺院にありました😁

新京極 誠心院 和泉式部ゆかりの寺

新京極 誠心院 和泉式部ゆかりの寺

新京極 誠心院 和泉式部ゆかりの寺

新京極 誠心院 和泉式部ゆかりの寺
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