やさかじんじゃおたびしょ
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楽しみ方八坂神社御旅所のお参りの記録一覧

本日は八坂神社の例祭である祇園祭の神輿渡御があります。17日は18時から神輿渡御があり、3基の神輿が順次御旅所前までやってきます。御旅所前(実際には横)に安置され、24日に還幸祭で神社に戻ります。21時から着輿なので夜までしっかり盛り上がってます。


《四条通》
道沿いには「冠者殿社 御旅本町」の提灯を持った氏子さん達が待っています。


《中御座神輿》
素戔嗚尊さまが乗っており、六角形の形をしています。一番最初に到着します。三若神輿会が担当します。

《奉安殿》
👁チェックポイント‼️
祇園祭というとやはり有名なのは山鉾巡行と思われますが、祇園祭においてのメインはこの神輿渡御であり、八阪神社側が担当する祭りとされます。この17日の神幸祭から24日の還幸祭までの間に行われるのが「山鉾巡行」であり、これは24日に神輿が帰るまでの道中を予め清めるために行われた行事が、各町衆がその規模を競いはじめ現在のような大規模な行事になったそうです。
そのため祇園祭は八阪神社の祭事と山鉾町が行う山鉾巡行に大別されます。
この奉安殿に24日まで3基並びます。

《東御座神輿》
櫛稲田比売命さまの乗っており、四角形の形をしています。3基の中で唯一神輿の頂点が鳳凰ではなく擬宝珠になっています。四若神輿会が担当します。

《こども神輿》
四若神輿会は唯一メインの3基とは別に子供神輿を担ぎます。

《若衆方》
あと1基を馬を持って待ちます…
この3基の神輿は同時間に八阪神社を出発し途中は各氏子地域を周り、烏丸通で合流するのですが、神輿入れのタイミングをずらす関係で少し遠回りします。

《神主さん》
遅くまでお疲れ様です…


《西御座神輿》
八柱神子神さまを乗せた神輿で八角形の形状をしています。錦神輿会が担当します。

この西御座の神輿が3基で一番重く2.3トンもあるんだそうです。
ちなみに全国に見える「八王子」という地名は本来八坂神社の元々の御祭神であった牛頭天王さまの8人の御子神のことであり、「八王子権現」として信仰されていました。これが神仏分離によって八柱御子神という形で残ったようです。

《奉安殿》
中御座は知らない間に入ってました。東御座けっこう勿体ぶります。
京都洛中の神輿行事の声かけは基本的に一貫しており、「ほいっと、ほいっとー」で神輿を担ぎ、「よーさー」で左右に回ります。また神輿の柄には「鳴環」と呼ばれるものが取り付けられており、担いで上下に振った時カッシャンカッシャンと甲高い音が鳴ります。

《御旅所前の神事》
ちょっと暗くて見えにくいですが、御旅所前で神主さんが神輿に向かって柏手を打っています。このあとに神さまを御旅所にお移しし鎮まっていただき、神輿は隣に安置するようです。ちゃんと御旅所がその役目として機能していますね。

六道の辻から祇園のカフェで休憩をとり、四条まで歩いて来ました。
八坂神社御旅所、お土産屋さんを挟んで東殿、西殿に別れています。
賑やかな通りですが殆ど足を止める方はいらっしゃいません。

東殿 提灯が印象的です。
あ!さっきお茶した鍵膳さんの提灯もあります🏮

西殿
中に誰かいらっしゃいます。ちょっと怖い😰

提灯があったのでカフェのご紹介。
葛切りで有名な鍵膳さんの新しいカフェ。
ZEN, おしゃれです☘️
葛餅を頂きました。プルプルです☘️

祇園の裏通りにあります。
甘い物食べてもう少し歩きます。

令和5年7月24日(月)
京都市下京区の御旅所に参拝
令和5年7月23日(日)~25日(火)に京都・大阪旅行
八坂神社にお参りした後、御旅所に改めてお参り。まもなく神輿巡行が始まるところ。
いったん離れて夕刻に戻るとちょうど東御座がこれから出立しようという場面。東後座は須佐之男命の妻である櫛稲田姫尊(クシイナダヒメノミコト)をお祀りし、四若(しわか)が奉仕する。
京都の神輿巡行では、聞いているとかけ声には2種類あり、漢字でどう書くのかはわからないのだが、「ヨーサ」と「ホイットー」。ヨーサは、出発や終了のような節目に出るかけ声のようで、まずはヨーサのかけ声とともに拍手を打ち、それから担いでいる。ホイットーは他の地域でのワッショイに相当するのではないか。
正確なことは知らないがだいたいそんな感じだと思って巡行を眺めている。
ヨーサ!のかけ声で神輿が持ち上げられる。そして差し上げして、「ホイットー」で前後を上下にゆらゆらする。担ぎ棒を見ると片方の端にはひもがついていて、それを引っ張って上下に揺らしているし、反対側では背中で棒を担ぎつつぴょんぴょん跳ねているわけです。ここでは神輿をこのように上下に揺らすけれど、左右に揺らす場所もあっていろいろあるのは本当に興味深い。どちらも神様に喜んでいただこうということなのでしょう。
今はまだ午後6時だけれど、この人たちはこれからずっと午後11時過ぎまでこの調子でいくわけです。もちろん途中休憩はあるけれど。これ、ものすごく大変だと思う。
そうそう、かけ声にはもう一つ、「まわせー」もあった。発音的には「ま」と「わ」と「せ」の間に「あ」が入るような感じ。これは御旅所の前など特定の場所でのみ行われるようだ。
大騒ぎをして四若の方々が東御座を担いで寺町通りに去って行った後、待機していた西御座がやってくる。こちらの神輿には須佐之男命の子どもの神様が祀られていて、錦会が奉仕している。このすぐ近くの錦市場の方々です。最近は錦市場はすっかり「食のテーマパーク」的な場所になっていて、京都の人たちが日常の買い物をする場所ではなく観光客が歩き食いをする場所になっていて(歩き食いはご遠慮ください、ということにはなっている。)、お店の経営者も相当入れ替わっているのだろうと思うのだが、神輿を担ぐ錦会の運営はうまくいっているのだろうか?
先ほどと同様にヨーサ、ホイットー、そしてまぁわぁせーが行われる。






令和5年7月23日(日)
京都市下京区寺町通四条の八坂神社御旅所に参拝
令和5年7月23日(日)~25日(火)に京都・大坂旅行
八坂神社御旅所にお参り。三基の御神輿が並んでいて、蝋燭が供えられている。「錦」の提灯が大変目立つ。高島屋、藤井大丸なども。
この場所は普段は土産物を売っている場所で、最初来たときには不思議な構造の場所だと思っていたのだが、祭になると「なるほど!」と思う場所。京都の町中にはそういう場所がとても多いと思う。祇園祭期間とそれ以外とで町の光景がかなり違うわけです。
それにしても、この御旅所の構造がいまでもよくわからない。御神輿の向かって右側には小さな鳥居があって「冠者殿社」とある小さな社殿があり、その左手に大きな社殿がある。この小さな社殿と大きな社殿の関係がわからないのです。普通は社殿は鳥居の奥にあるもの。ひょっとしたら、敷地が狭いので縦ではなく横に並べているということなのだろうか。御神輿を経て左側にも社殿がある。この両者の関係は。京都の人にとっては常識かもしれないのだけれど。
午後10時頃にはここに各山鉾が来て日和神楽を演奏。






元々は河原町高辻町にあった御旅所でしたが、秀吉の命により現在の場所に移されました。
河原町四条と言う繁華街に鎮座しているこの御旅所。
二か所あったんですが、おそらく当時はこれは一つの地所だったんだろうと伺わされます。間にショッピングビルと和食のお店がはさまっているんですけどね?まぁ秀吉によって移されたと言えど勧請されたわけですから、このビルと和食屋さんは神社の敷地内に建っているという事になりますね。
その所為か何だか知りませんが、いたんです。
娘が硬直してました。手がね、にゅ~って・・・(;^_^A
まぁ繁華街ですし、その関係かもしれませんが、手だけというのは・・・ねぇ。
はっ!ここはオカルトを書く場所ではありませんでした。
すみません。そうそう、中には左大臣と右大臣のような像が鎮座されてましたよ。
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