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倭文神社ではいただけません
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しどりじんじゃ

倭文神社
京都府 野田川駅

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

社務所横に3台程。

その他の巡礼の情報

丹後ちりめん回廊構成文化財

おすすめの投稿

ユキ
2022年04月30日(土)
850投稿

2回目の参拝です。今回は御朱印を頂きました😃御朱印は出雲大社与謝分祠で頂けます。駐車場🅿️は下の社務所横にありますよ。

倭文神社の御朱印

御朱印帳には記入して頂けません。用意された専用紙の御朱印となります。

倭文神社の建物その他

社務所横に駐車出来ます。

倭文神社(京都府)

入り口の鳥居。

倭文神社の建物その他

社務所ですが、無人です。

倭文神社の鳥居

鳥居。

倭文神社の手水

手水舎。

倭文神社の末社

稲荷神社です。

倭文神社(京都府)
倭文神社(京都府)

狛犬。

倭文神社の自然
倭文神社の像
倭文神社(京都府)
倭文神社(京都府)

本殿です。

倭文神社の建物その他

御朱印の連絡先です😉

もっと読む
ユキ
2022年04月02日(土)
850投稿

駐車場🅿️は社務所横にありますよ。🚻もありますよ。御朱印は出雲大社与謝分祠で頂ける様です。連絡先があります😉

倭文神社の建物その他

社務所。駐車🅿️🚗可能です。

倭文神社(京都府)

鳥居。

倭文神社の手水

手水舎。

倭文神社の末社

稲荷神社。

倭文神社(京都府)
倭文神社の鳥居

鳥居。

倭文神社(京都府)
倭文神社の像
倭文神社の本殿

本殿。

倭文神社(京都府)
倭文神社の建物その他

御朱印の連絡先です。

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神祇伯
2023年09月28日(木)
1340投稿

丹後国与謝郡の式内社です。倭文神社は式内社として全国に14社あり、うち2社が丹後国にあります。
御祭神の天狭槌雄神さまは機織の神として信仰されており、この地方では綾錦を作っていたため、天皇からの勅命で創祀されました。

倭文神社(京都府)

《一の鳥居》
☆チェックポイント!!
看板にある「丹後ちりめん回廊構成文化財」というのは、この地方での伝統産業であるちりめん産業とそれをとりまく文化、史跡、産物など48個を総称したもので、この神社もそのカテゴリに含まれています。

倭文神社(京都府)

《末社・粟嶋社》

倭文神社(京都府)

《表参道》
さすが旧府社、境内はかなり広いです。

倭文神社(京都府)

《社務所》
ただ、残念ながら普段は無人のようです。
出雲大社与謝分祠が兼務しているみたいですね。

倭文神社(京都府)

《手水舎》

倭文神社(京都府)

《由緒書き》
手水舎の屋根下にあります。

倭文神社(京都府)

《二の鳥居》
両部鳥居ですな。

倭文神社(京都府)

《末社・稲荷社》
いつもお(ry

倭文神社(京都府)

《拝殿》🙏

倭文神社(京都府)

《本殿》
こちらの本殿が府の重要文化財に指定されており、先ほどの「ちりめん」カテゴリに含まれている史跡です。

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倭文神社の基本情報

住所京都府与謝郡与謝野町三河内1453
行き方
アクセスを詳しく見る
名称倭文神社
読み方しどりじんじゃ
参拝時間

参拝自由

参拝にかかる時間

10分

参拝料

なし

トイレ境内にあり。
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳なし
電話番号0772-42-6211(出雲大社与謝分祠)
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご祭神天葉槌雄命
ご神体不詳
創建時代和銅三〜五年(710〜712年)
創始者海部直笑志
本殿入母屋造
文化財

本殿(府重要文化財)

体験祈祷おみくじ御朱印重要文化財祭り札所・七福神巡り

Wikipediaからの引用

概要
倭文神社(しどりじんじゃ)は、京都府与謝郡与謝野町三河内(みごち)地区にある神社。927年(延長5年)編纂の延喜式神名帳に式内社として記載される古社である。延喜式神名帳に記載された倭文神社は全国に14あるが、2社が京都府北部の丹後地方にあり、そのうちの「倭文神社 丹後国 与謝郡鎮座」について記す。 神社そのものと例祭である三河内曳山祭が、それぞれ、2017年(平成29年)4月、文化庁により、地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語るストーリー「日本遺産」の「丹後ちりめん回廊」を構成する文化財のひとつに認定された。
歴史
歴史[編集] 倭文神社(与謝)前 記録によって諸説あるが、創建は710年(和銅3年)または712年(和銅5年)とされ、筬村の石崎山に倭文大神が勧請されたのを起源とする。当時、この地域で綾錦[注 1]を織ることとなったことから、丹後国一宮の籠神社から海部直笑志が勅命を受けて祀り、醍醐天皇も信仰したと伝えられる[1]。981年(天禄12年)に従二位に列し、1223年(貞応2年)に現在地に遷座された[2]。 社伝によれば「昔、神の木の下に人々が集い、宝物を祀って、供物を飾り、宝器を鳴らして作付けを占った」と伝えられ、境内からは銅鐸が出土している。古来、三河内の人々の産土神として信仰された[3]...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通アクセス[編集] 所在地 京都府与謝郡与謝野町三河内1453 交通 京都丹後鉄道(丹てつ)「与謝野駅」下車後、カヤ興産バスで「三河内口」下車[1]。 丹海バス与謝線・福知山線「三河内小学校下」下車[2]。 ^ 江原護『古代への旅 丹後』アジェンダ・プロジェクト、2004年、129頁。 ^ 引用エラー: 無効な タグです。「曳山連合会2018」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
引用元情報倭文神社 (与謝野町)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%80%AD%E6%96%87%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20%28%E4%B8%8E%E8%AC%9D%E9%87%8E%E7%94%BA%29&oldid=97888521

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