やましろこくぶんじあと(しせき くにきゅうせき)|真言宗智山派
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山城国分寺跡(史跡 恭仁宮跡)について
御朱印は海住山寺にて拝受。
国分寺跡地は石碑と礎石群、恭仁宮の案内板ぐらいです。
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山城国分寺跡。海住山寺で御朱印拝受したので訪問。聖武天皇が740年に平城京から遷都した恭仁宮。
のちに万葉集を編纂したことで著名な大伴家持も、若手官人として恭仁宮におり、「今造る久迩の都は山川のさやけき見ればうべ知らすらし(いまつくる くにのみやこは やまかわの さやけきみれば うべしらすらし)」と詠み、建設工事が進む恭仁について、山川の美しい場所だと称え、聖武天皇が都を置くのももっともだという歌を残しています。-史跡恭仁宮HPより-
ところが恭仁宮の歴史はわずか4年。難波宮へ再び遷都となります。そして恭仁宮の残された大極殿が国分寺として再利用されたとのこと。もし現存していたら日本屈指の観光寺院となっていたかもですね。






| 名称 | 山城国分寺跡(史跡 恭仁宮跡) |
|---|---|
| 読み方 | やましろこくぶんじあと(しせき くにきゅうせき) |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0774-75-1232(木津川市文化財保護課) お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| メールアドレス | bunkazai_city.kizugawa.lg.jp |
| ホームページ | https://kunikyu.com/ |
詳細情報
| ご本尊 | 薬師如来 |
|---|---|
| 宗旨・宗派 | 真言宗智山派 |
| 創建時代 | 748年(天平20年) |
| 開山・開基 | 聖武天皇 |
| ご由緒 | 恭仁京に遷都した翌年、諸国に国分寺を建立する詔が発せられました。山城国では着工時期が定かではありませんが、恭仁京が廃都となってまもなく、天平18年(746)に恭仁宮大極殿が山城国分寺に施入され、金堂として使用されました。さらに七重塔や境内鎭守社(旧御霊神社)などが整えられました。現在も大極殿跡に隣接して残る巨大な礎石群は国分寺の塔跡です。
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| 体験 | 御朱印 |
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