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うしがせ かすがじんじゃ

牛ケ瀬 春日神社のお参りの記録(1回目)
京都府桂川駅

投稿日:2026年02月19日(木) 21時10分46秒
参拝:2026年2月吉日
1
牛ケ瀬春日神社は京都市西京区にある神社です。
称讃寺のお隣にありました。
称讃寺の東門の所に石鳥居があり 先に木製の鳥居がありました。
この鳥居には 枠というか柵というかがあり この造りは初めて見ました。
由緒書も撮ったのですが まぁ光って読みにくい。。。
由緒書によると 橿原三宮神社さんが神職兼務されているそうです。
本殿は覆屋の中に 祠が2基ありました。
祭神が2柱?と思ったのですが  武甕槌神・天児屋根命・天照大神・大山咋神の4柱でした。
境内には他にも境内社が2基ありました。
一つは稲荷社のようですが もう一つは牛頭天王社でした。

ネット情報です。
天長8年(831)埜門麿(西陣の総大将)の勧請といわれ 国乱を平治し また五穀成就守護の神として祀られた。
しかしながら 応永34年(1427)10月類焼により本殿が焼失したため仮殿に遷座した。
応仁・文明の乱(1467-1477)で 春日神社は西軍総大将・山名宗全(1404-1473)が戦勝祈念し祀ったものともいう。
のち天文21年(1552) また万治4年(1661)4月の2度にわたり社殿を再建した。
春日さんの愛称で村民に親しまれている当社は ひと昔前までは 春日三宮神社と呼ばれていた。
というのは村の中央に春日社が鎮座 その隣接地に もう一社 三宮社があったという。
文化9年(1812)の記録では牛ケ瀬には春日社と松尾社があったと記録があり 三宮神社の祭神には大山咋神が祀られており 本来は松尾神社のことかと推察される。
ところが ある時に桂川が氾濫 三宮社は流失してしまった。
そこで敬神厚い村民があいはかり 三宮社を春日社の中に合祀したというのである。
現在は牛ヶ瀬の春日さんと呼ばれている。
春日社の大祭にあたる神事が御当である。
毎年1月28日夕刻に村民が五穀豊饒を神前に祈願 祭の準備は2日前から取りかかる。
明神様を床の間に祭り神事を行なう家を当家といい 1年間つとめる。
当家では 餅米を洗い餅搗きの準備をして神事の前日 男子のみで鏡餅をつくり この餅を平らにして菱形に切る。
麦わらを束ねたものを三体つくり 1体ずつに3本の角を竹でさし 3本の竹脚をつける。
このものを地元ではうまと呼ぶ。
各々の角には 菱餅・小芋・ほし柿をさし 夕刻6時すぎに 酒に酔った村民たちが3体のうまをかつぐのである。
先頭に神職 つぎに当家の主人が明神様をもち 3体のうまがつづく。
かけ声は「よしやさじゃ ちょうさじゃ」途中 うまが暴れ見物人が拍手をおくる。
春日社に到着したうまは 御燈明の下で神職のお祓いを受け 祝詞のあと村民一同乾杯する。
夜の神事である。
1987年 春日神社の祭礼のひとつ御当が最後に行われ 以後廃絶する。
牛ケ瀬 春日神社(京都府)
境内社 稲荷社
牛ケ瀬 春日神社(京都府)
鳥居 枠(?)がついているのは初めて見ました
牛ケ瀬 春日神社(京都府)
由緒書 光って見にくい
牛ケ瀬 春日神社(京都府)
本殿覆屋
牛ケ瀬 春日神社(京都府)
祠は2基
牛ケ瀬 春日神社(京都府)
境内社 牛頭天王社

すてき

みんなのコメント1件)

弘法 真魚弘法 真魚ホトカミサポーター

不思議な雰囲気の神社さんですよね。
小さな信仰から、護持されてきた住民の方の気持ちが、年を経るに従いどんどん大きくなってこんな形になった、なんて勝手な想像をしております。
1987年に祭事が途絶えてしまったとは、とても信じられない雰囲気ですね。
ヒトの耳目を集めるご神事も大切ですが~きのうでしたか、ご神木を争うご神事でけが人が出てしまったのは残念ですが~、その地域に根付いてきたご神事にもしっかり目を向けないといけないですよね。
投稿、ありがとうございます。

2026年02月23日(月) 15時11分13秒
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