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しょうさんじ

稱讃寺(称讃寺)のお参りの記録(1回目)
京都府桂川駅

投稿日:2026年02月19日(木) 20時49分17秒
参拝:2026年2月吉日
称讃寺は京都市西京区にあるお寺です。
この日は西京区を巡りました。(右京区にも)
山門が開いていましたので境内に入ろう・・・まてまて。
「作品展」と書かれた看板があるではないですか。
お隣に併設されている保育園の児童の作品展が行われていたのです。
本堂からお子様連れのお母さまが出て来られます。
確かに関係者がおられるのでお話を伺うことはできるかも知れませんが・・・。
ここは黙って写真を撮らせていただいて帰るべきですね。
少しでも本堂に近づきたいと思い 東側の道に入って 本堂すぐ横から写真を撮らせていただきました。

ネット情報です。
山号は青柳山 宗派は浄土宗西山禅林寺派 ご本尊は阿弥陀如来 札所本尊は十一面千手千眼観世音菩薩 京都洛西観音霊場(洛西三十三所観音霊場)第20番札所です。
合併された観音寺の情報も。
792年 延鎮は清水に光り輝く観音像を 倒れてきた柳の木に刻み牛ヶ瀬の柳山観音寺を開山したという。
柳は行叡の言により延鎮が刻んだ清水寺の観音像と同木だったという。
観音寺の開山は行叡の遺志によるものともいう。
794年以前 平安遷都前に現在の本堂東に湧水があり 柳の清水と呼ばれた。
延鎮が第50代・桓武天皇に奉ると忽ちその病が治ったという。
829年 称讃寺(もと小山寺(しょうさんじ))は忍戒の開基によるものという。
832年 観音寺の諸堂が建立された。
坊舎・奥の坊の阿弥陀像は住職・忍戒僧都の作によるものという。
1427年 応永の兵火の際に 住職・弘道は観音像を南の田中の草堂に遷し安置する。
1471年 弘道は旧地に観音寺の小堂を再建する。
1467年 応仁・文明の乱(1467-1477)で 阿弥陀像が土中に埋もれたという。
閑誉により称讃寺が再建され 阿弥陀像が安置されたという。
1842年 観音寺の本堂が再建された。
1879年 真言系の観音寺は称讃寺と合併される。
1909年 本堂・庫裏が焼失する。このため観音寺本堂が使われる。
1978年 山号紫雲山より改め 青柳山とする。
廃れていた洛西三十三所観音霊場めぐりが再興される。
稱讃寺(称讃寺)(京都府)
正面から 左は保育園
稱讃寺(称讃寺)(京都府)
寺号の石柱
稱讃寺(称讃寺)(京都府)
洛西観音霊場第二十番でした
稱讃寺(称讃寺)(京都府)
山門は開いていました
稱讃寺(称讃寺)(京都府)
境内には遊具 保育園が併設されていますから
稱讃寺(称讃寺)(京都府)
本堂横から
稱讃寺(称讃寺)(京都府)
東側の門
稱讃寺(称讃寺)(京都府)
本堂の扁額

すてき

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