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2025年02月03日(月) 13時34分 bysoo_cyan

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ご由緒
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能化院は、清水寺を開いた坂上田村麻呂が清水寺開山の延鎮上人を開山として、延暦21年(802年)開創したことに始まると伝えられている。当初は多聞山観音院本願寺と号していたが、長徳4年(998年)藤原道長が恵心僧都の彫った地蔵菩薩坐像を祀って再興している。後白河上皇(第77代)の近臣と源平対立が結びついた平治の乱(1159年)の際に、木幡一帯は武将・源義朝によって全焼する。だが、地蔵菩薩像だけが救い出される。その後、第78代・二条天皇より不焼山能化院地蔵尊の号を贈られたともいう。
 鎌倉時代、1195年、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝 により再興される。
 後鳥羽上皇(第82代)が鎌倉幕府討幕の挙兵をした承久の乱(1221年)で、都へ攻めた北条軍により寺は火を放たれ全焼した。この際に地蔵尊は焼け残ったという。
 江戸時代、1629年、本堂、庫裏が再建された。
 1664年、曹洞宗宗仙寺4世・長訓により曹洞宗として再興される。この時、地蔵尊が遷されたともみられている。
 現代、1956年、地蔵尊修造に際して「焼山能化院地蔵縁起」が発見される。
 1977年、収蔵庫が竣工する。
 藤原道長の子・頼通の正室・隆姫女王 が、地蔵尊に安産祈願したともいう。以来、安産・子安地蔵としても知られたという。
ご祭神/ご本尊
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地蔵菩薩坐像
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地蔵菩薩坐像(恵心僧都作)
創始者/開山・開基
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延鎮僧都
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坂上田村麻呂/延鎮僧都
行事
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2月節分 節分会法要
8月地蔵盆 地蔵盆法要
文化財
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地蔵菩薩坐像(重文)