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2023年06月06日(火) 19時18分 bysoo_cyan

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宗派
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浄土宗
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浄土宗知恩院派
名前
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称名寺
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(佐古)称名寺
ふりがな
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しょうみょうじ
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(さこ)しょうみょうじ
ご由緒
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安永3年(1774)に作られた「称名寺縁起」によると、称名寺の開基、西誉直住大徳は、諸国行脚のある日、京都日野の里、平山氏の家で一宿の志を受けた。この家の持仏堂には行基菩薩の作と伝える仏像が安置されていて、平山氏は、「この仏像は建暦のころ(1211~13)、鴨長明が近辺の外山(鴨長明が方丈記を書いた京都市伏見区日野の庵)という所に引きこもりしときに、私の先祖に賜ったものである。方丈には画像を安置しているので、もしお望みならば賤屋の煙の中に置くよりも有難いことである」と、快く譲ってくれたという。 直住大徳は仏像を肩に掛け、天文3年に佐古村の吉岡氏を訪れて、仏像を置きしばらく休んでいた。再び仏像を肩に掛けようとしたところ、盤石の如く動かなかった。さては佐古村は有縁の地なりと、吉岡氏に寺の建立と仏像の安置を頼むと、吉岡氏は、「我は先祖より念仏の家なり、昨夜この御仏が枕上に立たれたのも、我等に縁があるからだろう」と、寺を建立し、直住大徳を開基にしたという。
右の写真は、大正10年に改写された過去帳に書き写された称名寺縁起。 
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安永3年(1774)に作られた「称名寺縁起」によると、称名寺の開基、西誉直住大徳は、諸国行脚のある日、京都日野の里、平山氏の家で一宿の志を受けた。この家の持仏堂には行基菩薩の作と伝える仏像が安置されていて、平山氏は、「この仏像は建暦のころ(1211~13)、鴨長明が近辺の外山(鴨長明が方丈記を書いた京都市伏見区日野の庵)という所に引きこもりしときに、私の先祖に賜ったものである。方丈には画像を安置しているので、もしお望みならば賤屋の煙の中に置くよりも有難いことである」と、快く譲ってくれたという。 直住大徳は仏像を肩に掛け、天文3年に佐古村の吉岡氏を訪れて、仏像を置きしばらく休んでいた。再び仏像を肩に掛けようとしたところ、盤石の如く動かなかった。さては佐古村は有縁の地なりと、吉岡氏に寺の建立と仏像の安置を頼むと、吉岡氏は、「我は先祖より念仏の家なり、昨夜この御仏が枕上に立たれたのも、我等に縁があるからだろう」と、寺を建立し、直住大徳を開基にしたという。
右の写真は、大正10年に改写された過去帳に書き写された称名寺縁起。 
御朱印
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true
山号
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護念山
巡礼
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城南近在三十三所観音巡拝第十七番
文化財
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本尊阿弥陀如来坐像(町指定有形文化財)
薬師如来坐像(法蓮寺旧仏・国指定重要文化財)