さいがんでんじ|天台宗|阿蘇山
西巌殿寺の御由緒・歴史
ご本尊 | 十一面観世音菩薩 | |
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創建時代 | 726年(神亀3年) | |
開山・開基 | 最栄読師(さいえいとくし) | |
ご由緒 | 阿蘇山西巌殿寺のおこりは、神亀3年(726)にさかのぼります。当時、阿蘇信仰の中心は「阿蘇のお池」と呼ばれる噴火口の湯溜まりでした。そもそも日本では、山は死者の世界であり同時に豊かな実りを生む水の源として信仰の対象とされていました。そのはかりしれぬ神秘を人々は畏(おそ)れ崇拝していましたし、その一方では、山へ入り、修行を積み、神霊の意志を伝えようとする山岳修行者もいました。
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歴史 | 歴史[編集] 開基には二説ある。寺院が採る726年(神亀3年)説は、天竺毘舎衛国から渡来した僧・最栄が聖武天皇の勅願を受け、阿蘇山上に上り阿蘇明神・建磐龍命(たていわたつのみこと)[1]を感得したとするものである。1144年(天養元年)説は、比叡山の慈恵大師良源の弟子・最栄が阿蘇神社大宮司友孝の許しを得て、阿蘇山上に上ったとする説である[2]。どちらの説にも共通するのは、阿蘇山の火口の西の巌殿に十一面観音菩薩を安置して庵(山上本堂)を開き、絶えず法華経を読誦したため「最栄読師(さいえいとくし)」と呼ばれたとするものである。 阿蘇山上に最栄が庵を開いてから、多くの修行僧、修験者が阿蘇山上に...Wikipediaで続きを読む | |
引用元情報 | 「西巌殿寺」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E8%A5%BF%E5%B7%8C%E6%AE%BF%E5%AF%BA&oldid=98277577 |
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