ゆぎょうじ(しょうじょうこうじ)
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楽しみ方時宗総本山 遊行寺(正式:清浄光寺)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年11月10日(月) 11時28分12秒
参拝:2025年2月吉日
今回は藤沢・平塚へ
まずは時宗の総本山遊行寺(清浄光寺)にて御朱印を頂きました。
惣門から入り、大きな黒の冠木門で遊行寺の黒門と呼ばれています。
惣門の脇にある青銅製灯籠は天保13年の建立です。
参道(いろは坂)は阿弥陀様の四十八願にたとえて、四十八段と呼ばれています。
いろは四十八文字から、「いろは坂」の愛称で親しまれています。
大銀杏は樹齢700年といわれ、藤沢市の天然記念物に指定されています。
地蔵堂は大正12年の関東大震災で地蔵堂も倒壊したため、応急処置を施して本堂内に安置されてきましたが
東日本大震災を機に、震災・風水火災で亡くなられた方々の鎮魂の為に発願し建立されました。
時宗の宗祖の一遍上人の像がありました。
本堂は木造銅葺、木造としては東海道随一といわれています。
関東大震災で倒壊したのち、昭和10年上棟、同12年に落成しました。
外陣長押に後光厳天皇の勅額「清浄光寺」を掲げています。
ご本尊は阿弥陀如来です。
鐘楼は南北朝時代、正平11年、北朝の延文(えんぶん)元年(1356)に造られています。
朱雀門は安政六年(1859)に建立された、遊行寺境内で最も古い建造物です。
四脚門で、高さ約6メートル、幅約2メートル70センチ。大棟に皇室との深いつながりを示す菊の御紋、
屋根の下に徳川家の家紋である葵の御紋が刻まれています。建立者は紀伊大納言徳川治宝といわれています。
1880年の藤沢宿大火の被害は免れましたが、1923年の関東大震災では倒壊しました。その後、そのままの形で再建され、現在にその姿をとどめています。
境内には須賀神社が鎮座し
ご祭神は宇賀弁財天です。徳川氏の祖とされる有親の守り本尊と伝わります。
歴代上人御廟所は歴代の上人のお墓になります。
御番方は信徒・団参の方々が入る入口です。
明治13年(1880)11月の大火で類焼し、大正2年(1913)2月23日上棟されました。
関東大震災によって、本堂・大書院その他多くの建物と同様に倒壊しましたが、
すぐに倒壊当時の古材をもって再建されました。
なおこの建物に施されている彫刻類は、一部江戸時代の彫り物をそのまま使用したのではないかと言われています。
俣野大権現社は埼玉県長久寺によって寄進建立されたもので、ご祭神は俣野五郎景平です。
開山呑海上人の兄であり、また当時の大檀越でもありました。
貞和年中(1345~49)に没し、のち俣野大権現として山内の文学蔵と称される土蔵の前に祀られていました。
酒井忠重逆修六地蔵は藤沢山の住持十七世他阿慈光(じこう)上人(遊行三十九代)の代に建立されました。
施主の酒井長門守忠重は出羽鶴岡城主酒井忠勝の弟で逆修のために建立されたとされます。
#清浄光寺
#遊行寺
#藤沢市
#神奈川県
#御朱印
まずは時宗の総本山遊行寺(清浄光寺)にて御朱印を頂きました。
惣門から入り、大きな黒の冠木門で遊行寺の黒門と呼ばれています。
惣門の脇にある青銅製灯籠は天保13年の建立です。
参道(いろは坂)は阿弥陀様の四十八願にたとえて、四十八段と呼ばれています。
いろは四十八文字から、「いろは坂」の愛称で親しまれています。
大銀杏は樹齢700年といわれ、藤沢市の天然記念物に指定されています。
地蔵堂は大正12年の関東大震災で地蔵堂も倒壊したため、応急処置を施して本堂内に安置されてきましたが
東日本大震災を機に、震災・風水火災で亡くなられた方々の鎮魂の為に発願し建立されました。
時宗の宗祖の一遍上人の像がありました。
本堂は木造銅葺、木造としては東海道随一といわれています。
関東大震災で倒壊したのち、昭和10年上棟、同12年に落成しました。
外陣長押に後光厳天皇の勅額「清浄光寺」を掲げています。
ご本尊は阿弥陀如来です。
鐘楼は南北朝時代、正平11年、北朝の延文(えんぶん)元年(1356)に造られています。
朱雀門は安政六年(1859)に建立された、遊行寺境内で最も古い建造物です。
四脚門で、高さ約6メートル、幅約2メートル70センチ。大棟に皇室との深いつながりを示す菊の御紋、
屋根の下に徳川家の家紋である葵の御紋が刻まれています。建立者は紀伊大納言徳川治宝といわれています。
1880年の藤沢宿大火の被害は免れましたが、1923年の関東大震災では倒壊しました。その後、そのままの形で再建され、現在にその姿をとどめています。
境内には須賀神社が鎮座し
ご祭神は宇賀弁財天です。徳川氏の祖とされる有親の守り本尊と伝わります。
歴代上人御廟所は歴代の上人のお墓になります。
御番方は信徒・団参の方々が入る入口です。
明治13年(1880)11月の大火で類焼し、大正2年(1913)2月23日上棟されました。
関東大震災によって、本堂・大書院その他多くの建物と同様に倒壊しましたが、
すぐに倒壊当時の古材をもって再建されました。
なおこの建物に施されている彫刻類は、一部江戸時代の彫り物をそのまま使用したのではないかと言われています。
俣野大権現社は埼玉県長久寺によって寄進建立されたもので、ご祭神は俣野五郎景平です。
開山呑海上人の兄であり、また当時の大檀越でもありました。
貞和年中(1345~49)に没し、のち俣野大権現として山内の文学蔵と称される土蔵の前に祀られていました。
酒井忠重逆修六地蔵は藤沢山の住持十七世他阿慈光(じこう)上人(遊行三十九代)の代に建立されました。
施主の酒井長門守忠重は出羽鶴岡城主酒井忠勝の弟で逆修のために建立されたとされます。
#清浄光寺
#遊行寺
#藤沢市
#神奈川県
#御朱印

御朱印

挟み紙

由緒書

惣門

寺号標

青銅製灯籠

参道

大銀杏

境内案内図

手水舎

地蔵堂

一遍上人の像

本堂

本堂の扁額

鐘楼

朱雀門

太鼓堂

須賀神社 鳥居

須賀神社拝殿

回向堂

歴代上人御廟所

方丈池

御番方

俣野大権現社

酒井忠重逆修六地蔵
すてき
投稿者のプロフィール

隼シューター1082投稿
令和2年2月より御朱印集め始めました。よろしくお願いします。 いつもすてきやコメントくださる方々ありがとうございます。 下野国出身、武蔵国在住です。 元々旅と写真が好きである寺をめぐってから御朱...もっと読む
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