おおばじんじゃ
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楽しみ方大庭神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年06月09日(金) 13時36分15秒
参拝:2023年6月吉日
23.06.07。JR藤沢駅北口より「湘南台駅西口」行きバスで20分、「天神社前」下車、徒歩10分。藤沢市稲荷の引地川沿い高台に鎮座。
御祭神 主・神皇産靈神
(かみむすびのかみ)
菅原道眞
大庭三郎景親
創建年 不詳
社格等 式内社(小)
旧郷社
【由緒】
平安時代に編纂された『延喜式神名帳』には「高座郡大庭神社」と記載されているものの、近世以前のその他の記録(社伝)は存在しない。
境内にある梵鐘は享保六年(1721)の鋳造で、当初は「天満天神宮」という文字が彫られたと伝えられる。また、藤沢市教育委員会が出版している『藤沢の文化財』によると、明治以前の当社は「天神社」という名で呼称されていたとのことである。
安永六年(1777)、神祇伯資顯王によって大庭城を拠点としていた大庭三郎景親を、さらに天明三年(1783)諏訪部定太郎、山崎六郎兵衛包高らの願いによって菅原道眞をそれぞれ勧請されたという。
急階段(確か106段?)を登ると静寂な境内に着きます。無人の神社ながらしっかりと管理されている様子が伺え、時節の紫陽花も見られて良き参詣でした。
御祭神 主・神皇産靈神
(かみむすびのかみ)
菅原道眞
大庭三郎景親
創建年 不詳
社格等 式内社(小)
旧郷社
【由緒】
平安時代に編纂された『延喜式神名帳』には「高座郡大庭神社」と記載されているものの、近世以前のその他の記録(社伝)は存在しない。
境内にある梵鐘は享保六年(1721)の鋳造で、当初は「天満天神宮」という文字が彫られたと伝えられる。また、藤沢市教育委員会が出版している『藤沢の文化財』によると、明治以前の当社は「天神社」という名で呼称されていたとのことである。
安永六年(1777)、神祇伯資顯王によって大庭城を拠点としていた大庭三郎景親を、さらに天明三年(1783)諏訪部定太郎、山崎六郎兵衛包高らの願いによって菅原道眞をそれぞれ勧請されたという。
急階段(確か106段?)を登ると静寂な境内に着きます。無人の神社ながらしっかりと管理されている様子が伺え、時節の紫陽花も見られて良き参詣でした。

管理元社の皇大神宮(藤沢市鵠沼神明)にて直書きで拝受。

バス道路より神社へ向かう途上にある藤沢市民の憩いの公園です。

続いて川(橋)を渡ります。

引地川

橋の名前は当社の古名からのようです。

鳥居方向

一の鳥居

社号標

急階段です💦
↓
↓

階段が続きます。

登った先に!

境内入り口
手前に《ニの鳥居跡》
関東大震災で倒壊したようです。
手前に《ニの鳥居跡》
関東大震災で倒壊したようです。

鐘楼
神仏分離令以前は近くの成就院(次に訪問)が別当寺であった。
【由緒】の項で、梵鐘の鋳造年は享保6年とありますが、現在の梵鐘の刻は昭和29年とあります。
神仏分離令以前は近くの成就院(次に訪問)が別当寺であった。
【由緒】の項で、梵鐘の鋳造年は享保6年とありますが、現在の梵鐘の刻は昭和29年とあります。

社殿遠景

参道

紫陽花



手水舎
水は出ていませんでした。
水は出ていませんでした。

拝殿


本殿


軍人碑
すてき
投稿者のプロフィール

こばけん1341投稿
2020年12月に西国33観音霊場の結願。過去の秩父34観音、坂東33観音と合わせて日本百観音霊場の結願成就。2021年から居住地の神奈川県内並びに東京都内の寺社巡りを始めました。移動は運転免許...もっと読む
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