えがらてんじんしゃ
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荏柄天神社ではいただけません
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荏柄天神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年04月14日(水)
参拝:2021年2月吉日
荏柄天神社(えがら~)は、神奈川県鎌倉市二階堂にある神社。旧社格は村社。御祭神として菅原道真を祀る。関東各地に分社を持つことから、福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮とともに<三天神社>と呼ばれることがある。
社伝によると、平安後期の1104年、雷雨とともに黒い束帯姿の天神画像が天降り、神験をおそれた里人が社殿を建ててその画像を納め祀ったのが始まりとされる。1180年、源頼朝が鎌倉幕府開府にあたり、鬼門の守護社として仰ぎ、改めて社殿を造営した。さらに戦国時代には、豊臣秀吉の命で徳川家康が社殿の造営を行った。明治期に入り、神仏分離令で一時衰退したが、その後村社となった。
当社は、JR鎌倉駅からバスで北東方向に1.5km進んだ天神前バス停のそばにある。バスの通る道から少し入った住宅街の中にあるので、ちょっと分かりにくい。平らな参道を進み、やや長めの階段を登ったところに狭い境内がある。
参拝時は週末の午後、<鎌倉の学問の神様>として知られており、御朱印本・雑誌をはじめとするメディアでも露出が多いことから、老若男女問わず、多くの参拝客が来ていた。
社伝によると、平安後期の1104年、雷雨とともに黒い束帯姿の天神画像が天降り、神験をおそれた里人が社殿を建ててその画像を納め祀ったのが始まりとされる。1180年、源頼朝が鎌倉幕府開府にあたり、鬼門の守護社として仰ぎ、改めて社殿を造営した。さらに戦国時代には、豊臣秀吉の命で徳川家康が社殿の造営を行った。明治期に入り、神仏分離令で一時衰退したが、その後村社となった。
当社は、JR鎌倉駅からバスで北東方向に1.5km進んだ天神前バス停のそばにある。バスの通る道から少し入った住宅街の中にあるので、ちょっと分かりにくい。平らな参道を進み、やや長めの階段を登ったところに狭い境内がある。
参拝時は週末の午後、<鎌倉の学問の神様>として知られており、御朱印本・雑誌をはじめとするメディアでも露出が多いことから、老若男女問わず、多くの参拝客が来ていた。
社号標と面白い方向に立つ樹木。自然の鳥居になっている。
樹木の向こう側に<鳥居>。
神門に続く階段。
神門をくぐって、すぐに見える景色。
参道右手に<手水舎>。
<拝殿>全景。
<拝殿>正面。
拝殿手前の右側にある<神輿庫>。
神門の右側あたりにある<御神木>。なかなか立派。
手水舎近くから見た<拝殿>。
社殿左側にある<かっぱ筆塚・絵筆塚>。
境内左側から見た、社殿全景。さすが鎌倉一の天満宮、拝殿の壁には大量の絵馬。
境内左側にある<社務所>。御朱印と書いてあるが、ここでは授与していない。
神門をくぐってすぐ左手にある<授与所>。御朱印はこちら。
すてき
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惣一郎1269投稿
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