ほんがくじ
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楽しみ方本覚寺のお参りの記録(4回目)
投稿日:2023年05月19日(金) 17時08分56秒
参拝:2023年5月吉日
23.05.18。先の大巧寺さんより徒歩3分。鎌倉駅からも至近の小町1丁目にある日蓮宗の寺院。
別称《東身延》
寺格 本山(由緒寺院)
山号 妙厳山(みょうごんさん)
創建 永享8年(1436年)
開山 日出(にっしゅつ)
本尊 釈迦三尊
札所 鎌倉十三佛霊場第三番
鎌倉江の島七福神・夷神
【歴史】〜Wikipedia より〜
本覚寺の山門がある場所の前には、夷堂と呼ばれる堂があった。この堂は源頼朝が鎌倉幕府開幕の際に、幕府の裏鬼門にあたる方向の鎮守として建てられた。天台宗系のものであった。1274年に佐渡配流から帰った日蓮が一時、この夷堂に滞在し、辻説法などの拠点としていた。その後の1436年に日出が日蓮にゆかりの夷堂を天台宗から日蓮宗に改め本覚寺を創建したという。
後に身延山を再興した第2世の行学院日朝は、身延山への参詣が困難な老人や女性のために、身延山より日蓮の遺骨を分骨して本覚寺に納めた。本覚寺が「東身延」と呼ばれる理由である。
今回の日朝大上人の御朱印拝受で当寺の3種の御朱印と御首題が揃いました。境内には修学旅行生(中学生)がノートを広げて学習している姿など、ホッコリ出来る場面を見ることが出来ました。
別称《東身延》
寺格 本山(由緒寺院)
山号 妙厳山(みょうごんさん)
創建 永享8年(1436年)
開山 日出(にっしゅつ)
本尊 釈迦三尊
札所 鎌倉十三佛霊場第三番
鎌倉江の島七福神・夷神
【歴史】〜Wikipedia より〜
本覚寺の山門がある場所の前には、夷堂と呼ばれる堂があった。この堂は源頼朝が鎌倉幕府開幕の際に、幕府の裏鬼門にあたる方向の鎮守として建てられた。天台宗系のものであった。1274年に佐渡配流から帰った日蓮が一時、この夷堂に滞在し、辻説法などの拠点としていた。その後の1436年に日出が日蓮にゆかりの夷堂を天台宗から日蓮宗に改め本覚寺を創建したという。
後に身延山を再興した第2世の行学院日朝は、身延山への参詣が困難な老人や女性のために、身延山より日蓮の遺骨を分骨して本覚寺に納めた。本覚寺が「東身延」と呼ばれる理由である。
今回の日朝大上人の御朱印拝受で当寺の3種の御朱印と御首題が揃いました。境内には修学旅行生(中学生)がノートを広げて学習している姿など、ホッコリ出来る場面を見ることが出来ました。


鎌倉駅側からの門
(裏参道)
(裏参道)

お題目塔

参道


日蓮上人分骨堂遠景
手前は《しあわせ地蔵》です。
手前は《しあわせ地蔵》です。



鐘楼

梵鐘
応永17年(1410年)の銘を持っているようです。《市重文指定》
応永17年(1410年)の銘を持っているようです。《市重文指定》

本堂方向

常香炉

青銅製の灯籠
↓
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本堂
↓
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扁額(常祥閣)


手水鉢の龍
水は出ていません。
水は出ていません。

がまん様

夷堂
↓
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表参道側の山門(仁王門)

仁王像
↓
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すてき
投稿者のプロフィール

こばけん1341投稿
2020年12月に西国33観音霊場の結願。過去の秩父34観音、坂東33観音と合わせて日本百観音霊場の結願成就。2021年から居住地の神奈川県内並びに東京都内の寺社巡りを始めました。移動は運転免許...もっと読む
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